婚約者?勘違いも程々にして下さいませ

ぱぴよん

第1話

 公爵令嬢ヤスミーンには数年前より婚約者と言う者が存在している。


 ズバリあるあるの政略込々まくりの婚約。

 従ってそこに愛は――――ない。


 当然この婚約を決めたのはヤスミーン本人ではない。


 婚約を決めたのは今この棺桶の中で永遠の眠りに就いてしまった前公爵夫妻……つまりは彼女の両親。



 

 幼い頃よりヤスミーンの環境は何処にでもある所謂形だけの仮面家族だった。

 貴族らしいと言えばそうなのかもしれない。


 両親揃って楽しく食事をした――――覚えはない。


 何時もこの広くも豪奢な屋敷で一人きりの寂しい食事。


 また両親共にそれぞれの別宅で愛人家族と幸せに暮らしている……らしい。



 しかし事故で亡くなったからとは言えである。

 それぞれの愛人家族達が公爵邸へ直接出向く事は許されない。


 また葬儀へ出席?


 加えて半分だけ血の繋がっているだろうヤスミーンの弟妹を主張しようともである。


 公爵家の嫡子はヤスミーン


 それ以上も以下もない。

 貴族は兎角血筋云々には厳しいのである。

 幾ら半分だけ公爵家の血が流れていようともだ。

 嫡流より生まれなかった存在は絶対に表舞台では認められない。



 これは何もヤスミーンの家だけではない。

 これがこの世界の常識である。

 そして勿論そう両親ではなく公爵家と言う家に育てられたヤスミーンが彼らへ同情をする事は一切ない。

 何故なら公的には認められなくとも彼らはそれぞれの親よりヤスミーンがどんなに望んでも決して手に入れられなかったもの。


 両親への溢れんばかりの愛情。


 そう彼らはそれらを十数年もの間享受していたのだ。

 そんな彼らへヤスミーンがこれより先手を差し伸べる事はない。

 またする義務すらも発生しないのである。


 ましてやまだたった16歳で形だけとは言えだ。

 両親を一度に亡くしこれよりこの公爵家を線の細い身体一つで盛り立て護っていかなくてはいけない。



「さようならお父様お母様。私は貴方方より一欠けらの愛情をも受け取る事は到頭とうとうありませんでしたわね。でもいいのです。私達は貴族ですもの。家族に愛を求めてはいけないのでしょう。故にお父様達は身分の低い愛人へ愛を求められたのですね。なれど私は貴方方の娘で貴族でもありますが愛人なんて決して持ちませんわよ」



 そう両親が亡くなってからここ数日もの間毎日の様に本宅へは来てはいけないと言う暗黙のルールがあると言うのにも拘らずである。

 双方の愛人家族達はヤスミーンを自分達にとって大切な家族だからと訳の分からない主張を始めたのだ。

 亡き人を偲び共にこれからの人生を暮らそうと自分勝手な事をほざくのである。


 冗談ではない!!


 ヤスミーンにしてみればこれは冗談では済ませられない。

 物心のつくかつかない頃よりヤスミーンの傍に何時も両親はいなかった。

 共にいるのは行事のある時だけ。

 然もその場を取り繕う仮面家族として。

 行事が終われば蜘蛛の子を散らすかの如く両親はそれぞれの別宅へと当然と言わんばかりに帰ってしまう。


 広大な屋敷にぽつんと一人残されるのは何時もヤスミーンだった。


 幼い頃たった一度だけ、余りにも両親の愛情に飢え過ぎたヤスミーンは執事へ無理を言いそれぞれの別宅近くへと半ば強引に連れて行って貰った。

 そうしてそこで見せつけられたのは当時5歳の幼女にとって余りにも残酷で衝撃的なものだったのである。


 双方の愛人家族で愛溢れる家族と言う姿をまざまざと見せつけられてしまったのだ。


 この時ばかりは馬車の中で執事と乳母の見守る中ヤスミーンは声を上げ感情の赴くままに泣き続けた。


 私のお父様なの!!

 私のお母様なの!!

 あなた達のお父様やお母様ではないわ。

 返して、返してよ!!

 私の場所を返してえええええええ。



 後にも先にもこの一度だけ。

 その日を境にヤスミーンは愛を求めない子供となった。

 それから間もなくである。

 生物的な意味での父親である公爵がヤスミーンの婚約を決めたのは。



 初めて顔合わせをした相手の印象ははっきり言って普通だった。

 確かに容姿は問題はない。

 いやそれなりに整っている。

 所謂イケメンと呼ばれても可笑しくはない。

 でも将来女公爵の配偶者としては平凡。

 特に優れていると言う所は全く以って見受けられない。

 ただ何となく生物上だけの父親に似ているかなとも思った。


 それが婚約者エグモンドの第一印象。


 だから多くは期待しない。


 でもただ一つだけエグモンドへ求めてしまった。



「エグモンド様。立場上また政略上の婚約ですが出来れば将来互いに愛人を持つ事なく普通の夫婦になりたいと思います」

「うん、僕もその心算だよヤスミーン嬢。貴女の様に美しい令嬢が婚約者となって僕はとても幸せだ」


 これは決してエグモンドを慕っての願いではない。

 ただ普通の家族に憧れていただけ。

 幼い頃に見た両親達の幸せに満ちたあの表情が忘れられなかったのである。




 時は流れ他界した両親を見送れば、その三ヶ月後と言うか普通は一年間喪に服す筈だった。

 だが王命により三ヶ月後に控えたヤスミーンの女公爵への継承と共にエグモンドと正式な夫婦となる事に決まったのである。


 16歳のヤスミーン一人ではこの広大な屋敷と領地を切り盛り……って今までと何ら変わりはないのだけれどもである。

 内情をよく知らない者達にしてみれば彼女は非常に頼りないと判断されらのかもしれない。


 そこで三歳年上の婚約者であるエグモントとの籍はまだだけれどもだ。

 共に公爵家へ住めば彼女の補佐をすると言う名目で本日引っ越してきたのだが?

 

 何故か彼の右腕に絡みつく様にくっ付いている女が一匹。


 何かを連想させられる様な感じのふわふわオレンジの髪に緑色の瞳をした如何にも華奢で儚げで庇護欲をそそる感じの令嬢?


 それはあくまで男性側の主張であり一般的に同性からは嫌われるタイプ。


 媚びた様な上目遣いでエグモンドを見上げればだ。

 細い割にメロン級の大きな胸を彼の腕へと何度も押し付ける。


 その行動に何の意味があるのだろうとヤスミーンは冷静に思った――――が理解不能。


 そうして五分くらいした所でようやく屋敷の主であるヤスミーンを見つめればである。


 何と普通にあり得ない事を宣った。


「今日から宜しくねヤスミーン。私はエリーゼ。エグモンの従妹で幼馴染なの。うふっ」


 きゃっ、言っちゃったわぁ……とキャッキャと勝手に喜んでいる宇宙人を前にヤスミーンは皆目見当がつかないと言うか最早完全に理解不能だった。


 何故!!


 て言うか許可もしていないのに堂々と屋敷の中へ入るのではなくってよ!!

 

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