第22話 デート

 今日は日曜日。でも普通の日曜じゃない。

 天沢と約束した日。

 今日はデートの日だ。

 そわそわした気持ちでカジュアルな服装に身を包み、身支度を調える。

 自宅から出て十五分ほどで駅に着く。そこから二つ移動すると、天沢の住んでいる町に着く。

 その駅前で十時に約束していた。

 どこに行くのかは聞かされていないが、楽しみではある。ちなみにあちらからの提案だ。

 僕にも春が来たんだ。

 浮かれた気分で駅前に立っている。

 スマホをいじっていると、地震のニュースが流れてくる。最近、このあたりで地震が多いらしい。でもどれも震度一、二。高くても三くらいだ。気にすることない。

「何しているん?」

 待ちわびた人が目の前に現れる。

 ブレアスカートとTシャツというラフな格好だが、帽子も相まって可愛さ百倍といったところか。

 にたりと笑う天沢。

「待ったかな?」

「いや、そうでもないよ」

 僕は落ち着いた様子で天沢と向き直る。

 ネットニュースを閉じると、スマホをポケットにしまう。

 天沢が前を駆け出す。楽しみにしていたらしい。

 満面の笑みにあてられ、僕も走り出す。

 駅で四つ。

 さらに大きな町へと向かう。

 ここら辺では有名なデートスポットになっている複合施設とショッピングモールだ。

 温水プールとボウリング、映画館などのある、施設がある。

 そこに行き、僕と天沢はプールに入ることにした。フロントでは水着の貸し出しもあり、困ることはない。

 フリルのビキニで現れる天沢。とても似合っていると言ったら、まんざらでもない顔をした。

 三階建ての施設。吹き抜けで開放的になっており、25メートル×50メートルの大きなエリアになっている。その中に25メートルプールや流れるプールがあり、家族やカップルが賑々しく遊んでいる。

 浅いプールでは水を掛け合う姿が見てとれる。

「八神はどこのプールに入りたい?」

 訊ねてくる天沢は不敵な笑みを浮かべる。

 これでもし評価されるのなら、問題だ。

 どんな応えがいいのか。

 僕には分からない。

 でも25メートルプールだと本気感を出し過ぎているし、浅いプールだと泳げない。

 となれば、その中間である投げれるプールが打倒か。

 すっと天沢を見やる。

 そこには含み笑いをしている天沢が映った。

 違う。応えはウォータースライダーだ。

「じゃあ、あれかな。ウォータースライダー」

「いいよ」

 意外にも高評価らしい。

 天沢はスキップするように足取りがかろやかだ。

 僕が小走りで追いかける。

 高さ10mくらいありそうなところから滑り落ちていく浮き輪。

 その浮き輪の上にのり、右往左往するのが楽しいのだ。

 僕は前に座り、後ろに天沢がちょこんと座る。

 コースに乗せると、水の勢いがすごく、すぐに流れていく。

 けっこうなスピードが出て、左右に揺さぶれながら、スピードが変わっていく。

 可愛い悲鳴をあげている天沢が僕の腰に手を回す。

 ほとんど地肌であるため、意識してしまう。

 こんなことをされたら、僕は女の子として意識してしまうだろ。

 そう思い、暖かく柔らかな肌を後ろに感じる。

 と、目の前のコースがなくなり、ぽんと飛び出す。

 深めのプールに投げ出された僕たちは、驚きで顔を見合わせる。一拍おいて、笑い合う。

 その後も流れるプール、浅いプールなどで遊び、僕と天沢は仲良くなれた気がした。

「八神、全然ノリいいじゃん」

 その言葉が僕を救ってくれた。

 本当は怖かったけど、僕にはまだ生きていていいらしい。

 ふと涙が流れてくる。

「ごめん。こんなはずじゃなかったのに」

 嗚咽を漏らす。

 天沢は優しく抱きしめ、ハンカチで拭ってくれる。

 こんな優しい子は初めてだ。

 嬉しい。

 僕はこの子を大切にするんだ。

 そのためにこの力を使う。それまでは封印しておく。

 普通の人間として、八神輝星として生きるんだ。

 心に誓い、でもふと疑問に思う。

 なぜこんなに優しくしてくれるのだろう。

 僕は卑怯者で、臆病者で、何もできない唐変木なのに。

 分からない。

 どうして僕なのだろう。

「どう。落ち着いた?」

 天沢は僕が落ち着くまでそばにいてくれた。

 なら何か、お返しをしないといけない。

 それはなんだ?

「ありがとう。落ち着いたよ」

 礼を言う。それは当たり前だけど大切なこと。

 それ以外に何かできないものか。

「なにか、できることはない?」

「うん。大丈夫っしょ」

 明るく振る舞っている天沢。

 その腕が震えている。

 なんだろう? 寒いのかな。

 そろそろプールもお開きにするべきかもしれない。

 そうだ。何か買い物でもしながらプレゼントを決めよう。

 そう思い口を開く。

「プレゼントしたいから、ショッピングモールで買い物しよ」

「いいの?」

「うん。大切にしたいから。思い出になるといいな、って思って」

 嘘偽りのない本音だ。

 一生大切にできる何かを、彼女にはプレゼントしたいと思った。

 だからプールを出る。

 買い物は隣の棟にある。西館と呼ばれているらしい。

 僕が歩幅を天沢に合わせる。

 歩いていくと、ショッピングモールが見えてくる。

 さて。何を買うか。

 衣服、アクセサリーあたりが妥当か。

「ふふ。それじゃ、この銀色の指輪がいいかな」

 数千円するが、僕は小遣いを貯めていた方。だから買える。

 それにペアリングらしく、二つある。

 嬉しそうにはめてみせる天沢。

 そしてもう一方を僕の指にはめてみせる。

「いいっしょ♪」

 楽しそうに応える天沢。

「うん。買おう」

 僕はそのアクセを買い、満足する。

 もちろん、隣を歩く天沢も嬉しそうにリングを眺める。

 にしししと笑う。

 そんな姿も可愛い。

 僕にはこんなに素敵な彼女ができて幸せだ。

 ふと彼女を見ると、その腕は震えていた。

 疑問に思うが、少し寒いのかもしれない。

 僕は上着を貸そうとするが、ふるふると首を振る天沢だった。

 じゃあ、なぜ腕が震えていたのだろう。

 買い物も終え、帰路につく。

 僕は兄がいるということで夕飯は家に帰らなければならない。父も出張中だ。

 二人で電車の中、談笑していると、天沢がふと話題にする。

「そうだ。このまま竹林の家にいこ?」

「え」

 デート中に他の男のことを話すのはマナー違反というもの。

 その声に戸惑いを覚えるが、何かしらの意図があるに違いない。

「まあ、いいけど……」

 ここで断り、僕が器の小さい男と思われるのもしゃくだった。

 どうせなら、広い心で対応したい。

 だから僕は勇気を振り絞って首肯する。

 天沢と竹林は付き合っているんじゃないか? という噂も聞いたことがある。

 僕の耳に入るくらいだ。よほどのことがあるのではないだろうか。

 電車で二駅移動し、ほの暗くなってきた夕闇の中、閑静な住宅街を歩きだす。

 この近くに竹林の家があるらしい。

 天沢の案内のもと、歩き出す。

 一軒の家にたどり着くと、そこには広い豪邸が建っていた。

 このあたりの三軒分の広さと、大きな庭。そこにはワンちゃんが二匹も飼っている。

 天沢がインターホンを押すと、竹林の声が返ってくる。

 僕と一緒に来たことを告げると、竹林には嬉しそうに笑うのだった。

 案内されるまま、玄関をくぐり、リビングに通される。

 そこでは若い男女――よくみると僕らのクラスメイトがいる。犬星はいないことになぜか安堵を覚える。

 というのも、みんな目がうつろで、エッチを楽しんでいるのだ。

「ほら。八神も吸いなよ」

 竹林が差し出してきたのは白い粉と一枚の紙。

 すぐに分かった。これは麻薬だ。

 麻薬をやっているのだ。

 しかも天沢は拒否することなく、すぐに飛びつく。

 吸い始めて二、三分。とろけるような顔をする天沢。

 頭が狂いそうになった。

 あの天沢が麻薬をやっている?

 そして僕も勧められている。

 僕は断り、急いで竹林宅を去る。

 走っても走っても、竹林の声がこびりつく。

「お前もこれでストレスをなくそう。な? いじめ辛かっただろ」

 そう。竹林は僕を思っていたらしい。

 やり方が間違っているが……。


 その二日後、急性薬物中毒で天沢は死んだ。

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