第7話 菟田野の叫び
『もしもし。呉羽か? もしかして、魔林の死に……。分かった。おれのもとにこい慰めてやるじゃんよ』
電話越しに聞こえるのは菟田野だ。
『んじゃ。午後二時に待ってるわ』
一方的に話し終えると、勝手に切ってしまう。だがおかげで菟田野が駅前にくるのが分かった。これはチャンスだ。
復讐できる。
学校の裏には小山がある。標高四百メートルほどの小さな山だ。その麓には神社があり、菟田野の根城になっている。
防犯対策なのか、近所の民家には監視カメラがある。だが、そのカメラさえくぐり抜けてしまえばなんの問題もない。
カメラの上を通り過ぎ、狙撃できるポイントに身を落ち着かせると、神社を見わたす。
短い階段をのぼる人影が一つ。
「……あれは」
細身の体つき。女性らしい。菟田野じゃない。
「どういうことだ? なぜあいつがここにきた」
その女性、呉羽は神社の周りを見わたす。真っ直ぐに賽銭箱に向かい、お祈りを始める。
「おっ! 来ていたんじゃんよ!」
男にしては高めの声音が響く。その耳障りな音はよく耳になじんでいる。僕を追い詰めた雑音だ。
「菟田野!」
手のひらに光を集中させて、菟田野を狙う。
呉羽の目的が神への祈りだったのか、菟田野を見てひどく驚いた顔をしている。
「ど、どうしてここに?」
「おいおい。連絡しただろ? なにを言っているんだ」
「きゃっ!」
呉羽を押し倒す菟田野。下卑た笑みを浮かべている。
「へへへ。あいつがいなくなったのなら、おれにだってチャンスはあるよな!」
「ちょっと。なに言っているのさ。やめて!」
悲痛に歪む顔を見て、沸き立つ熱があった。
ドンと重低音が響き、ミシミシと音を立てて樹木が崩れ落ちる。その破片が呉羽を押し倒す菟田野に襲いかかる。
「なんだ?」
「お前を殺しにきた」
気がつけば、僕は菟田野の前に立っていた。
僕を不快に思ったのか、菟田野はキッと睨み付けてくる。その後方で、呉羽が逃げ出す。それに安堵を覚える。
……なぜ、安堵したんだ?
「へへへ。貴様。よくもヌケヌケと生きていられるよな!」
折りたたみ式のナイフを取り出す菟田野。
「僕にはお前を殺す理由がある」
手のひらに光を集中させる。
「バカいえ。おれがなにをしたってんだよ!」
怒鳴り散らすしか能のない金魚の糞のくせに。
光を放ち、そのナイフを吹っ飛ばす。
横に逃げた呉羽が、「もう撃てないんじゃないの……?」と疑問の声をあげている。しかし、今は目の前の敵だ。
「バカはお前だ。お前に人の気持ちが分かるものか!」
自分がいじめを助長していたのにもかかわらず、その悪意にすら気がつかない。それを愚かと言わざるおえない。
光を足の裏に集め、地を蹴る。肉薄すると光の剣で、その腕を切り飛ばす。
「ぎゃああぁあぁぁあああ!」
絶叫が神社にこだまする。
「ゆ、許してほしい」
「何を今更……」
「お、おれにだって言い分があるんだよ」
「言い分」
呉羽の言葉が思い浮かぶ。彼女もまた、言い分があった。
「おれの両親は離婚している」
離婚。
僕の家庭と同じだ。菟田野という人間は、僕と同じような運命の歪みに巻き込まれた境遇に遭ったのか。
「そして、父に引き取られたのだが、その父の会社は魔林の父の子会社だった」
僕が「本当か?」と呉羽を一瞥すると、「ホント」と力強く頷く。
「おれが従わないと、父は、おれは生きていけなかった……! 魔林に従うなんてまっぴらごめんだったんだよ!」
必死にすがりついてくる菟田野に
「おれは自由に生きたかったんだよ。やっと解放されたんだ!」
その言葉に右腕が下がる。
「そして、呉羽と付き合える!」
「……どういうこと?」
「え。あ、あたし?」
僕は菟田野と呉羽を交互に見やる。
知らないだけで、二人は好き合っているのか? 呉羽は脅されて恋人になっていただけみたいだし、魔林が邪魔に感じていても不思議ではない。
「いや、あたしはあんたとは付き合えないけど」
「ははは。そう言うなよ。おれとお前の中じゃないか」
「い、いやっ!!」
リベンジポルノを想起させたのか呉羽は身震いをして、菟田野から距離をとる。が、菟田野はよほど自分に自信があるのか、歩み寄っていく。
「そう言わずにさぁ。おれたち一緒にやばい橋渡ってきただろ?」
「だったら! なんで止めてくれなかったのさ! あたしが苦しんできたのは菟田野がとめなかったせいでもあるでしょ!」
「ちっ。うるさいメスブタだ」
菟田野の雰囲気がガラリと変わり、目も血走っている。
明らかにマズい!
慌てて発射し菟田野を牽制する。
「止まれ! 嫌がっている相手にすることではない!」
「はっ! お坊ちゃんの貴様だって、同じようなことをしているじゃないか!」
「なに?」
菟田野が下卑た笑みをこちらに向ける。
その近くで、膝を抱えて震える呉羽がいる。焦点が合っていないように見えるが、大丈夫なのだろうか?
「貴様だって暴力で人を脅している。みろ!」
倒れた大樹や、焼け焦げた大地を顎で指す。
「ち、違う! 僕は――」
「違わないさ。貴様はおれたちと同じ。他人を暴力で縛り、いじめているだけの卑しい人間だよ」
「違う。違う」
「貴様が殺したんだろ? 魔林を」
「違う!」
手のひらに集めた光を反射的に放つ。
バリバリと爆ぜたプラズマが発生する。空気中の原子が電離した結果だ。ため込んだエネルギーが熱となり、光に伝播する。
僕は人殺しなんかじゃない。ただ罰を与えただけだ。僕の邪魔をする奴を裁いただけの話だ。
「違う!!」
発射された光がレーザーのように一直線に伸び、菟田野の左腕を貫き、宙へと飛翔していく。
「……はっ。貴様もやっぱり暴力で解決しようとしてんじゃねーか。おれの父と一緒じゃねーか」
うつろな目で、弱々しく吐き捨てる菟田野。
「おれの母が毎日うなされていたぞ。貴様のやっていることは、それと一緒さ……」
どしゃっと音を立てて地面に突っ伏す菟田野。腕からおびただしい血が流れ落ちる。それが彼の命を奪ったのだろう。
最期の最期で、彼の本心が見えた気がする。
そして、ずきっと痛む胸。何かが打ち込まれたように、心臓にぐさりと刺さって抜けそうにない。
「……くっ!」
この不愉快さから逃げ出すように、僕は林の中へ足を向ける。
「待って!」
「呉羽……さん」
「これで終わりにして。もう復讐なんてやめて!」
「……なぜ?」
「だって、八神。苦しそうにしている」
「違う! 僕はお前らが踏みつけてきた人生を取り戻すんだ! そのためなら悪魔だろうが、神だろうが、この身を売り渡すつもりだ!」
そう。あの銀髪の少女がどんな存在であれ、僕は選ばれた。力を授かった。この能力に意味があるのなら、僕は利用するまで。
「僕に味方なんていない。みんな敵だ」
林の中に駆け出すと、光を足の裏に集め跳躍する。
電柱の上にのると、後ろを振り返る。
魔林と菟田野をやった。呉羽の姿は見えないが、あのままだと菟田野の殺害に関与していると思われそうだ。とはいえ凶器もなく証拠もない。呉羽が捕まる可能性は低いはずだ。
……違う。
なんで僕は彼女の心配をしているんだ。
やると決めたんだ。今更引き返せない。もうとっくに復讐を始めてしまった。
僕はやってしまったんだ。やって? 違う。惑わされるな。菟田野は自分の都合よく解釈しているように思えた。
「僕には関係ない。関係ないんだ……」
雑踏と呼ぶにはあまりにもスカスカな駅前を通り自宅へといったん帰る。
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