第5話 魔林への復讐

 魔林はいつも呉羽と一緒に行動している。

 恋人なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、それでは僕が奇襲するチャンスはない。

 それとも呉羽も一緒に殺すか……? 僕には異能がある。これなら警察も、裁判所も立証できない。

 武器としては過剰とも思える破壊力。それにこの光を利用すると、姿を消せることも分かってきた。きっかけは鏡に自分の姿が映らなくなったことだ。

 おかげで生活は楽になったし、行動範囲も広がった。

 この光についてはまだ解析の余地があるが、攻撃と姿を消せるのならどんな窮地からも生き延びるだろう。

 ネットカフェから出ると電柱の上を移動し、通学路を睨み付ける。

 そこには人、人、人。

 僕を見下し、いじめ抜いてきた人だ。

 人が他人を見下すとき、その顔はひどく怖く見えてしまう。その顔が頭にこびりついて離れない。それを消し去るには……。

「僕の心から消えてくれ」

 通学路で見かけた松葉杖をつく人影。

 昨日の取り逃がした獲物だ。

 姿を消し手のひらから光を放つ。光の弾丸は魔林に吸い込まれるように真っ直ぐと伸び、頭を穿つ。

 悲鳴もなく魔林は肉塊へと化す。

 隣を歩いていた呉羽が、悪夢でも見ているかのように呆然とその場で固まる。代わりに近くにいた犬星いぬぼし如月きさらが悲鳴を上げ、周囲に伝播していく。やがて、やってきた先生と、ほぼ同時にきた警察・救急車が駆けつけるが時すでに遅し。

 僕は電柱から降り、近くのネットカフェに入る。今度は姿を消すことなく、店員さんにオプションを質問攻めにする。

 こうしていれば、距離の離れた僕に疑いがかかる可能性は低くなる。ついでにこの店員は証人になってくれよう。

 昨晩盗んでおいたお金で、ひと部屋といくつかの食事を注文しておいた。

 コーラを始めとし、ピザやカツカレー、ポテト、デザートにジェラートを注文した。

 これは勝利の宴だ。

 飲み食いを始めるが、どれも味がしない。ジェラートに至っては冷たさも感じない。なにも感じない。満たされない心。満腹感もなく、幸福感もない。

 復讐の第一段階を果たしたというのに、やり遂げた感覚もない。

「……きっと、まだ殺し足りないのかな」

 他の連中への復讐を果たしていないから、こんなにももやもやとした気持ちになってしまうのだろう。

 恐らく魔林一人の命では払いきれないほどの復讐心を抱いていたのだ。

 そう解釈した僕は次のターゲットを模索していた。

「……まあ、でもあいつか」

 いつも隣にいるあいつ。だが、どうやって復讐するか。今日のは消える異能で魔林を攻撃できたが、運良く見つけられただけだ。やはり大衆の中から獲物を見つけるのは苦労する。

 見つからなかったら、学校へ侵入し名簿でも覗こうか……と考えていたのだ。それをたいした労力もなく果たせたのは、まさに僥倖だった。

 ネットで調べていると、明日からうちの学校は休校するらしい。それも再開のめどは未定。

 僕が休学して十日も経っている。

 ゆっくりと休むか。あまり無理をしても、体力が消耗してしまったら元も子もない。

 午後十二時。

 ……。

 午前二時。

 …………。

 午前四時。

 ………………。

 午前六時になり、そろそろ夕暮れだ。今夜もネットカフェで過ごすか。

 もぞもぞと支度を始める。ここではシャワーの設備もあるので、身体についた汚れを落とす。

 だが、それでも落ちない汚れがある気がする。まだ汚れている気がして、三回ほどシャワーを浴びた。それでも自分の汚れが落ちないような気がして落ち着かない。

 身体にまとわつく違和感を感じつつ、カフェを出る。

 外に出るが周囲の空気もよどんでどこかくもって見える。視界に入るすべてのものが歪んで見える。

 とぼとぼと歩いていると、いつものクセで校門前にたどり着く。

 校門前。魔林を殺した現場付近には黄色と黒のテープが貼られており、『立ち入り禁止』と記載されている。

 現場検証なのか、複数の警官が地や壁にべったりとくっつくようにして調査を行っている。

「キミ、ここの生徒か?」

 警官の一人がやつれた顔で話しかけてくる。

「はい。……なにかあったのでしょうか?」

「ニュースを見ていないのか。昨日の朝、ここで殺人事件が遭ったんだ」

「それで入ってはいけないのですね」

「ああ」

 警官が真剣な眼差しで応じてくれる。僕が嘘をついているのに気がついていないようだ。今までも〝いじめ〟を気にしていなかった大人おとなのやることだ。どうせ気がつかれない。

「しかしキミ、ずいぶんと疲れているようだが……」

「え?」

「良かったら相談くらいにはのるよ」

 僕は疲れてなんていないのに、なぜこの人はそんなことを言うのだろう。

「そうだ。直接会話するのがきついなら、ここの電話相談をするといい」

 そう言って警官は胸ポケットから、今はほとんど見かけないテレフォンカードを差し出す。相談先の電話番号が書かれており、スマホからでも連絡ができるらしい。

「はい。ありがとうございます」

 電話番号か。今時はIDの交換とかなのだろうか。僕にはまともな家族も、友だちもいないだから、連絡先を知っている者もいない。

 関係ないな。

 そう思ってテレフォンカードを投げ捨てる。

 どうせいじめられていたなんて言っても、信頼されないのだから。今までの大人がそうであったように。

 でもやりすぎたのだろうか。

 魔林を撃ち抜いた辺りに白い白線が引かれている。他にも飛んだ頭の場所や、荷物などがあったとおぼしき場所に丸い白線が引いてある。

 その光景に嗚咽が漏れそうになるが、なんとか堪える。

 後ずさりするが、足下に何かが触れる。

 にゃーん。

 ネコだ。野良ネコだろうか。首輪がない。毛並みも良くなく、泥がついたままだ。

 ネコが手招きで餌をねだる。それがレオと重なり、腹に熱がこもる。

 ――あいつら!

 あいつらがいなければ、僕は平穏な日々を過ごせていたはずなのに。

 なら、あいつの自業自得だ。この結果はあいつがもたらしたものだ。何度も何度も人をいじめて、見下して……そんな悪意が悪意として跳ね返ってきたのだ。

 そして、これからも悪意ある奴を葬る。

 僕はそのために生きている。今の僕はただの復讐者。

 自分の命に価値がないのなら、この世界にいる意味もない。世界に価値がないのなら、他人に価値もない。

 価値がないのだから死んでもかまわない。

 そう殺してもかまわない。

 人が蚊を平気で殺せるのと同じこと。価値がないと知ったものには簡単に殺せるのだ。

 命は平等などときれい事を言うが、それは間違いだ。誰も本気でそう思っちゃいない。みんな自分の命が守れればそれでいいのだ。

 自分のためなら、他人の命すら羽虫同然なのだろう。

 命は尊くない。

 僕の命も。他人の命も。

 尊くないのなら、守る価値もない。そればかりか、害悪でしかない。自分の快楽のために、他人の命を消費する。

 僕は消耗品なのだ。

 消耗品……? 消耗するだけの命。だったら、なんで生まれてきたんだ? 死ぬため? 殺されるため? なんのために……。


 生きているだけで苦しむ。


 なんで。こんなに苦しまなくてはいけないんだよ。僕はただ穏やかに暮らしたかっただけなのに。

 どうして……? どうしてみんな邪魔をするんだ。

「僕の邪魔をするから殺す!」

 ごくりと生唾を飲み下す呉羽。

「た、助けて……」

 消え入りそうな声音で呟くいじめっ子。いや犯罪者。狂乱者。

 他人の苦しみを、嘲笑う悪魔のようなもの。

「お前が助長していたクセに!」

 学校を出て数分。歩いていたら、目の前に呉羽愛海が姿を現した。その理由を知らないが、丁度いい。

 僕の邪魔をする者は排除する。

「ち、違うの! あたしはあいつに脅されて……!」

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