彷徨いし魂を求めて

スピニングコロ助

第一章 立志編

第1話 プロローグ

ジリリリリ────


 目覚まし時計が鳴り響く。


 つまり起きないといけない訳だが……時計を止めた後、ついまた枕に顔を埋めてしまう。


 この眠気……柔らかいベッドで横になれば、再び眠りに就いてしまうと確信できる。それでも俺は、あと5分と軽い気持ちで枕へと落ちた。


 それもこれも、もう一つ目を覚ます手段があるからだ。


秋人あきひと〜起きなさい!」


 そう、一階から聞こえて来る母さんの声。


 それでようやく起きるなら、目覚まし時計の必要はあるのか? そう自分で考えた事もあるが、まあ念の為だ。普通は逆だけど。


「ふわあぁ……」


 あくびをしながらベッドから降り、制服に着替えて一階へ降りる。


 こんなに眠いのは、昨夜スマホを遅くまで見続けていたからだ。そんな事をすれば朝がつらくなるのは当然だが、ついつい後を引いてしまう。


「ほら、遅刻するわよ!」

「おー」


 既に焼かれている食パンをくわえ、テレビに目を向ける。


「んじゃ、父さんは行って来るからな」

「いってらっしゃ~い」


 俺より一足早く、父さんが仕事へ向かった。


「早く食べなさい秋人!」

「うーい」


 母さんが急かすが、俺は適当に返す。


 いつも学校に着く時間は、授業が始まるまで十数分ほど余裕がある。だから家を出るのが数分遅れても間に合うんだ。


 まあ不測の事態を一切考えない計算だが。ちょっと遅刻しても大丈夫だろう。


「母さん、行って来ます」

「いってらっしゃい」


 食パンを食べ終わり、俺は鞄を持って学校へ向かった。


  *


 よし、ギリギリセーフ。何だかんだで今まで遅刻は無しだ。


「おっす秋人。今日は悪夢の日だぜ」


 悪友の河野こうの 陽平ようへいが声を掛けてきた。


 悪夢の日、というのは察しがつく。今日はテスト返却日だ。


「絶対赤点だ〜」


 と、陽平が言う。


『絶対赤点』

『勉強してない』


 これらのフレーズを使う奴は、実は勉強しているが謙遜する人間と、本当に勉強していない人間の2種類に分かれる。


 陽平の場合は後者だ。


「俺はまあ、そこそこ取れれば良いかな」


 俺はテスト前に慌てて勉強して、悪くもなければお世辞にも褒められない点数を取る。


「みんなおはよう。テスト返すぞー」


 ガラッと教室の扉が開き、担任の先生がやって来た。


赤川あかがわ〜」


 名字を呼ばれ、俺は教壇へ向かった。


「前より下がったぞー」


 そう言われ受け取った数学のテストは……57点。


 うん、赤点じゃないけど別にチヤホヤはされないな。普通かと言われると平均に達しているかも怪しい。


「良かったじゃんか。俺は39だ……」


 陽平は赤点……あと1点及ばなかったか。数学苦手だからな。


「「「え〜すっご!」」」


 ──と、数人の女子が声をあげた。


 その中心に居るのは、所謂いわゆるクラスのマドンナである姫川ひめかわさん。顔立ちもる事ながら、成績も優秀な高嶺の花だ。


「98点とかなんで取れんの!?」

「惜っし〜!」


 周りにそう褒められ、姫川さんは恥ずかしそうに謙遜している。


「スゲェな〜姫川さん」


 俺がそう声を漏らすと、陽平がわざとらしく首を振った。


「お前には勿体もったいないにも程があり過ぎるぜ。そろそろ諦めた方が良いだろ」


 と、彼女を密かに狙っている俺に、嫌みったらしくニヤリと笑って言ってきた。


 うわ、めっちゃ腹立つ。バカの癖に正論を突き付けやがって。


  *


 ふう……屋上で食べる弁当は格別だな。


 全てのテストが普通以下だった傷も、このそよ風に流して貰おう。


「お前さ〜将来何になんの?」


 不意に陽平に聞かれた。


「ん〜……」


 そう言葉にならない返しをして、何も考えていないと遠回しに伝える。


 将来、か……本当、何になろうかな。夢とか目標とか考えた事がない。


 学校に来て、友達と駄弁だべって、適当に授業聞いて、テスト前だけ勉強してやり過ごす。これもある種の普通の高校生活だと勝手に思っているが、これからどうなるんだろう。


 そんな感じだから高校受験も中の下を選んで、今いるこの高校は大したレベルじゃない。


 ……そう言えば一度だけ、親の勧めで水泳習ったな。辞めちゃったけど。


「ま、これから考えようぜ」

「そうだな。まだ時間あるし」


 そう2人で結論づけ、再び弁当を食べ始めた。


 きっと、今までと同じ感じでどうにかなっていく。周りにもそういう奴いるし。


ヒュウッ……


 まだ暑いとまではいかないが、ずっと外で日の光を浴びていると首筋が熱くなる。程よい風がそれを冷やしてくれた。


 そうそう、このぐらいが丁度いいんだ。


ガチャッ


「あ、赤川くん、河野くん」

「え、姫川さん」


 そこへ屋上の扉が開き、姫川さんが現れた。


 いつもはここに誰も来ない。


ビュウッ!!


 突風が吹いた。


 俺の弁当に入っていた『よく寿司に付いてる緑色のギザギザしたやつ』が、風に飛ばされてしまった。


 このままでは街にゴミとして飛んで行ってしまう。俺はそれを追い掛けた。


「あっ、とっ……」


 が、追い付けず。


 柵に手を突き、ヒラヒラと飛んで行くそれを眺めるしかなかった。


ボキッ!!


 鈍い音。


「えっ──」


 壊れるはずのないそれが、折れて落下する。


 予想だにしなかった俺は、それに体を預けていた。


「秋人ッッ!!」

「赤川くんッッ!?」


 2人が俺を呼ぶが、俺はもう戻れない。


 壊れた柵の一部を追って……俺は屋上から落ちた。


「────ッッッ!!?」


 本当に恐怖にさいなまれると、声が出なくなるのか。俺は叫ぼうとしたが、実際には何も言わなかった。


 いや何か言えたとして、その声を誰かが聞き取ってくれたとしても、こんな状況の人間を助けられる訳がない。


 え、死ぬのか、俺。


 待ってくれ、そんなの嫌だ。だって、だって……


 俺にはまだ、やりたい事がたくさんあっ────

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