第32話 新しい魔力よ!

「来たれ精霊よ、我が身を映して我が業を成せ!【精霊の鏡遊び】!!」


高く杖を掲げて大きな声でその魔法名を唱えたメイラの左右に二つずつ、計四つ出現した大きな魔法円からそれぞれ、


メイラと全く同じ姿の四人のメイラが現れる。


術者である本人を含め、計五人となった魔導士達が空中から俺達を見下ろす。


(メイラが増えた!?)


「…こりゃ、まずいのう」


分身したメイラを見て、サクタロウが苦々しく呟く。


術者である真ん中のメイラが口を開く。


「【精霊の鏡遊び】。この魔法は精霊を呼び出し、その精霊に自分の魔力を付与することで分身を作り出す魔法。」


(精霊!?そんなのもいるのか)


「魔力を与えられた精霊はただ姿形を真似るだけでなく、術者の技までも使用することが出来るんだよ。」


(ぬぁんだと!?)


つまりあの分身達も、さっきまでメイラが使ってた攻撃魔法と同じ魔法をぶっ放せるということか。


メイラ 一人でも強いのに、それが更に四人も増えやがった。


(確かにこれは…まずいのう)


「…いくよ」


五人のメイラが一斉に杖を俺達に向ける。


「【火よ、魔を切り裂きて燃やせ―】」

「【雷よ、迅く走る槍となれ―】」

「【地よ、巨人を斬り倒す斧となれ―】」

「【風よ、形無き形を作りて敵を打て―】」

「【光よ、悪しき敵の身を貫け―】」


(えっ!?)


五人のメイラが各々それぞれ違う呪文の詠唱を始める。


省略、手抜き、ど忘れせずに正確な呪文を口にした後、


各々が使用するその魔法の名を言う。


「【猛火の短剣】!!」

「【雷神槍】!!」

「【巨人の戦斧】!!」

「【虚空の息吹】!!」

「【突き刺す光鎖】!!」


異なる五種類の魔法が同時に発動。


無数の『炎の短剣』と数本の『雷の槍』、


巨大な『石の斧』と圧縮した『空気の塊』、


そして先端が鋭く尖ったペンデュラム形の『光の鎖』が何本もの束となって魔法円から飛び出し、


それらが一斉に俺達に迫り来る。


(ちょっ!?なんだ、その攻撃魔法の欲張りセットはッ!!)


「ちぃっ、さすがにこの数を防ぐのはちときついぜよ!」


そう判断したサクタロウは、リボルバーの銃口を地面に向けて引き金を引く。


「『転移弾』!」


被弾した所を中心に、サクタロウと俺と家老達が収まるサイズに魔法円が広がる。


そこから発せられた光に包まれると、一瞬で俺達はその場から消え、少し離れた場所へと移った。


俺達が元居た場所には、メイラ達の魔法攻撃が容赦なく降り注ぎ、その場一帯を破壊していく。


空爆の様な攻撃の後、そこにあった民家や店などの建物が一切無くなり、その場は焦土と化していた。


(多種類の攻撃魔法の同時使用…、あんなのどないせいっちゅんじゃい!?)


「はあ…はあ、危なかったぜよ。 」


かなりの魔力を使うらしい転移魔法を使用したサクタロウが、肩で息をしながら額の汗をぬぐう。


「鏡遊びと言いつつも、分身は別々の魔法を使うのか。まっことに厄介な魔法じゃな。」


「転移魔法…上手く逃げたね。 でも、次は確実に当てるよ」


メイラ達が、こちらに振り向く。


「サクタロウと家老達、最後のチャンスを上げる。もし、リオンを助けるのをやめるなら、あなた達は見逃してあげるよ。」


(なっ!? )


「そもそもあなた達は人間。本来なら、私達と一緒に魔王軍と戦う側のはずだよ。」


「そうなんだがのう~。 やけんど、ワシらにもいろいろ事情があるんじゃ。」


「ジャホン国の事はだいたい聞いてるよ。 国を強くするために魔王軍を利用しようとしてる。そのために、今リオン達に味方してるんだよね?」


(情報源はイシダか…)


あの会議でサクタロウが言った事を、東の国にリークしたのだろう。


「だけどそれはいけないよ。魔族はこの世界を支配しようとしていて、倒すべき人間の敵であり、決して私達とは相容れない存在。その力を利用しようとすれば、いずれ破滅を迎えるだけだよ。悪い事は言わない、今すぐリオンと手を切って! でないと…」


五人のメイラが一斉に杖をこちらに向ける。


''リオンを庇うなら撃つ''、そういう決意がメイラの真剣な顔から見て取れる。


(ぐぬぬ…俺が大人しくメイラに倒されれば、サクタロウ達は助かるか。)


メイラ一人ならなんとかなったかも知れんが、五人相手ではサクタロウも俺と家老達を守りながら戦うのは厳しいだろう。


メイラの攻撃から俺達を守り続けていたサクタロウの顔から疲労が見え始めている。


(くっ、仕方ないか…)


逃がしてくれたヒミカには悪いが、さすがにここまでだろう。


自分が助かりたいがために、他の人達を犠牲には出来ない。


俺は、投降する覚悟を決めて前に出ようとする。


「…サク―」


サクタロウに退いてもらおうとしたが、


それをサクタロウが手で制する。


「確かにワシは魔王軍を利用しようとした。リオンさんに近づいたのも、魔王軍との繋がりを強くし、魔王軍からより利益を得るためじゃった。」


(そういや、ウィンウィンな関係がどうのこうの言ってたな)


「しかし、途中からワシとリオンさんは似た者同士だとわかったんじゃ。」


「ふぇ? 似た者同士?」


メイラが頭に疑問符を浮かべ、


「何を言ってるんだ、お前は…」


家老達が、変なものを見る目でサクタロウを見る。


(似た者同士って、同じ喚ばれし者って事だろうな。)


「ワシとリオンさんは、境遇も似とってのう。他人とは思えんのじゃ。」


「き、境遇?」


メイラがさらに疑問符を増やす。


(別世界からこの世界に来たっていう事だろうな。)


「なんと、話を聞けば同じ国の出身らしいしのう」


「え、リオンもジャホン国出身だった…?って、そんなわけないでしょ!騙されないよ!」


(元の世界での、日本の事だろうな。)


「さっきからわけわからない事ばかり!私をからかってるの!?こっちは真面目な話をしてるのにっ」 


ぷんすかと、頬を膨らませてわかりやすく怒るメイラ。


(そりゃ、喚ばれし者の事を知らない奴からしたら、何のこっちゃ?って話だよな。)


「ワシは別におんしをからかってないぜよ。まあ、つまりワシが言いたいのは…」


サクタロウが俺をちらっと見てから、メイラに視線を戻す。


「ワシとリオンさんは、同士であり友逹じゃ。魔王軍を利用するとかジャホン国の損得とかそんなのは関係無く、今のワシはただ友達を助けたいだけぜよ。」


「な…っ!? リオンが友達?」


「おう、そうじゃ。友達を助けるためなら、破滅するんは本望!武士の誉ぜよ!」


(友達って…サクタロウ、お前そんな風に思ってくれてたのかっ!?)


ううっ…思えばこの世界に来てから、


魔族ばかりの会議で殺されかけたり、人間からは命を狙われたりと、マジでろくな事が無かった俺。


だが、そんな俺にも遂にこの世界で友達が出来たぞ!


(やばい、感動して泣いちゃいそうだ)


いろんな奴らに殺気を向けらまくってたから、尚の事友達っていうワードが心にささる。


(いつぞや俺がヒミカに捕まった時、何もせず横で合掌して辞世の句がどうのって俺が連行されるのを黙って見送っていた事を恨んだこともあったけど…)


そんなことはもう忘れた!


「サクタロウ、オレ、トモダチ」


「なぜに、リオンさんは片言なんじゃ?」


(うっ…、嬉し過ぎて上手く喋れん!)



「……そう。 あくまでリオンの味方に付くわけだ。 なら、しょうがないね…」


静かな声でそう言ったメイラの目が鋭くなる。


「あなた達みんな、リオンと共に消えてもらうよ!!」


杖を高く掲げたメイラの周囲に再び、二十個近い大きな魔法円が出現する。


「来たれ精霊よ、…以下同文【精霊の鏡遊び】!!」


(なっ、まさか!?)


メイラが再び唱えたその魔法名に嫌な想像をして戦慄する。


そしてその嫌な想像の通り、


出現した大きな魔法円から続々との分身がその姿を現す。


「まっこと…たまるか」


サクタロウの顔に汗が滴り、


「あ…ああ…」


「なんということだ…」


「こ、これ程とは…」


「シャ~…」


増え続けるメイラの分身に、家老達とカラカサ君が愕然する。


「これが私の全力…」


総勢30人にまで増えたメイラが、全員空から俺達を見下ろす。


「【超本気 精霊の鏡遊び】だよ!!」


(超本気出し過ぎだろ…)


ちょっ、マジでやばいって。


「この【超本気 精霊の鏡遊び】こそが、リオン軍 四天王の一人である『大地の伴奏者 ルベルォン』を倒した技だよ!」


(その『大地の伴奏者 ルベルォン』がめっちゃ気になる…)


だが、そいつについて脳内検索で調べてる場合じゃない。



「こうなりゃ、『転移弾』でここからとんずらするぜよ!」


サクタロウがリボルバーに魔力を送るが、


「させないよ!」


メイラの四人の分身が町の四方へと素早く飛んでいく。


『空間を閉ざして移る者を閉じ込めよ【転移封鎖】!』


四方に配置された分身達が同時に呪文を詠唱し、町を囲む幾重にも折り重なった大きな魔法円を展開する。


「私の分身達がこの辺り一帯に転移魔法を使えなくする結界を張った。これで、逃げられないよ!」


「な、なんじゃとおおぉー!?」


(スーパーマジでやばいじゃん!)


転移魔法でここから逃げる事も出来なくなってしまった。


(くそう、あの魔法少女やる事がいちいちエグいんだよ!)



―ドッパアアアアン



(な、なんだ!?)


突然遠く離れた森から水面を強い力で叩いた様な大きな破裂音がし、その場の全員がその方向に顔を向ける。


見るとそこには、


眩しく輝く巨大な光の柱がそびえ建ち、その周りに弾け飛んだ水しぶきが空中で霧散して消えた。


(あの方角は、確かクロエとロノウァがいる所じゃ…)


ロノウァが作り出した水のドームの中で、勇者を閉じ込めて戦っていたはず。


なら、あの光の柱は…


「どうやら、あっちは決着が着いた様だね。ヘレナさんにしては、大分時間かかったみたいだけど…。リオン戦に備えて力を温存して戦ってたからかな。」


(まさか、負けたのか!? あの二人が)


「間もなくヘレナさんがここに来るよ。」


(ゆ、勇者 is coming soon…だと)


「でもその前に、私があなた達を倒すよ!」


全メイラ達の杖が俺達に向けられ、照準が定まる。


「ま、まずいぞ!何とかならんか、サクタロウ!」


家老の一人が慌てて叫ぶ。


「う~ん…さすがに、こりゃどうにもならんぜよ」


「残念だね、サクタロウ。リオンが万全の状態なら、この状況も打破出来たかもしれないのにね。」


「…リオンが万全?………おお、それじゃああ!」


メイラの言葉を反芻したサクタロウが何かを思い付いたらしく、


「なんで、ワシはこんな簡単な事に早く気づかなかったんじゃ!」


頭をガリガリとかく。


「何か打開策を思い付いたのか!?サクタロウ」


「おう! 一発逆転の策を思い付いたぜよ!」


(さすが、サクタロウ!)


「何をする気は知らないけど、させないよ!火よ、魔を切り裂きて―」


メイラの杖が光り出し、赤い魔法円が出現する。


それに合わせて、分身達も呪文の詠唱を始めた。


(まずい、攻撃魔法の超欲張りセットが来る!早く何とかしないと!)


「サクタロウ!策があるなら早く―」


―ぎゅっ


「……ん?」


ぎゅっ?


『……へ?』


「……シャゥ?」


目を点にする家老達とカラカサ。


「猛火の短っ——…って、きゃあああああーーーー!!?」


そして、発叫し出すメイラ。


俺を包み込む暖かくてごつい感触と野郎の香りに目を向けると、


真顔のサクタロウが俺に抱き着いていた。


(ぎゃああああああああああ!?)


「何してんだ、お前は!?」


「ほたえな!リオンさん。」


「ほたえるわ!今にも総攻撃されそうな時に、何が悲しくて野郎に抱き着かれて最期の瞬間を迎えなくちゃならないんだ!?」


(って、言ってる場合じゃない!魔女っ娘影分身の総攻撃が来るってば—)


「そ、そうだったんだね…。さっきリオンの事を同士って言ってたけど、つまり二人はそういう……。ふぁわわ~、いいよ!時間をあげる。最期の瞬間を愛する二人で存分に語り合って!」


(赤面してなにを勘違いしてるんだ、あの子は!?)


「(あの娘がアホで助かったぜよ。…いいかリオンさん、今からおんしにワシのを送る」


「(なぬ!?)」


「(魔力が無いなら、ワシの魔力を使えばいいんじゃ! 魔力があれば、おんしはリオンの力を使う事が出来るはずじゃ!あの終焉の王と言われるリオンの力ならこの状況を切り抜けられるぜよ)」


「(な、なるほど! …って、抱き着く必要はないだろ!?)」


「(手で触れて魔力を送る事も出来るんじゃが…しかし、今は緊急事態じゃ!抱き着いた方が一度に効率良くたくさんの魔力を送れるぜよ。)」


(理屈はわかったけど…)


「(…べ、別に好きで抱き着いてるわけじゃないきねっ!)」


(なんだ、そのイラねえツンデレは!?)


「ふぁわわ~っ、あんな顔近づけて見つめあって何かコソコソ話してるよ~!」


(あの子には、俺達はどう見えているんだ?)


もう完全に攻撃をしてくる気がないメイラとその分身たちが、ふぁわわ~っ言いながら頬を染めて俺たちの様子をじっと伺っている。


時折、「リオンとサクタロウ、魔族と人間の禁断の…これは有りかも」とか言っている。


(マジで攻撃しない気か? だったらチャンスだ!今の内に魔力を—)


「話は聞かせてもらいましたぞ、リオン様」


「何やら、事情がお有りの様子」


「我らも、協力しますぞ!」


(…え?)


振り返ると、さっきまでボロ雑巾の様に這いつくばっていた家老達が立ち上がって、いつの間にか俺の背後に接近していた。


「…え、ちょっと待っ」


「かかれーー!!」


『おおーー!!』


家老Aの号令に、三人の家老が一斉に俺に抱き着いてきた。


「家老さんら、そんなボロボロの体で無茶しちゃだめじゃ!」」


「サクタロウよ、かまわぬ!是非とも協力させてくれ、お前の友のために!」


「お前とリオン様の友情に感動した!微力ながら助太刀いたす!」


「それにここでリオン様達魔王軍が負けては困るからな。ジャホン国のためだ!」


「家老さんら…うっ、ありがとうぜよ! きっとリオンさんにもみんなの思いが、届いてるはずじゃあ! 見よ、あのキリっとした顔を!広大な海の如く、ワシらの気持ちをも受け止めようとしてるぜよ」


(ぎゃああああああ、重いっ!そして、おっさん臭せえ!)


野郎どもの体重と汗と加齢臭に耐え、歯を食いしばる俺。


「リオン様!我らの思い…」


「しかと、」


「受け取ってくだされええええー!」


真顔のおっさんらが野太い声で叫びながら、抱き着く腕に力を込める。


「ふぁわああー!?まさか、家老達もリオンとそういう関係なの~!? 男なら見境なく毒牙にかけるなんて…。さすがリオン・アウローラ、妄想が捗る…じゃなかった、恐ろしいよぉ!」


(んわけあるかああああ——って、おお!? なんか力が湧いてくるぞ!?)


サクタロウと家老達の体から現れた魔力が、俺へと流れ込んでくる。


「おお、いくぜよおおおおおおお!!」


『おおおおおおおおお!』


(お、おお!?)


俺は体内を駆け巡る魔力により細胞が活性化され、奥底から力が湧き上がる様な感覚を感じていた。


「もう…限界じゃ」


「もう…だめ…」


魔力を送り終えたサクタロウと家老達が、力無く俺から剥がれ落ちていく。



(おお…すげえ)


自分の手を見てみると、


ユラユラと静かだが厳かに揺らめく、漆黒の煙の様なものが顕れていた。


(これが、魔力…)


自分の手から魔力が出ているというその異様さに少し恐怖するとともに、今までに無い力を手にしているという実感に気持ちが高揚する。


(ありがとう、サクタロウと家老達。なんか、いけそうな気がする!)


開いた手を強く握り、自分の中で戦う決意を固めると、


さらに魔力が体中を駆け巡って体が熱くなる。


「…感じるぞ、俺の中の熱い何かを。これが—」



「ふぇっ!? かっ、『感じる…俺の中に入った男たちの熱い何か』をだって…」


『きゃああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』



「……………………」


俺の言葉を腐った方向に聞き違えたメイラ×30が、両手で赤面したその顔を覆い、全員興奮した様に発叫していた。


「………ふん、くだらん。」


くそう~…


せっかくの主人公の覚醒シーンだったのにぃ~。

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