第27話 お前、まさか

―――――――魔 王 城―――――――


黒いドレス姿の小さな影がヒョコヒョコと軽い足取りで走り、ある扉の前で止まる。


―ガチャッ


「リ~オ~ン君、あ~そ~ぼ☆ …あれ、いない?」


人懐っこそうな笑顔で、手に抜き身の短剣を持った魔王軍幹部の一人『メリア』がリオンの部屋に入る。


「つまんないの~! どこに行ったのかな」


短剣を持った手をブンブンと振り回して駄々をこねる。


「あ”ぁ”ん? リオンならヒミカと一緒にジャホン国に行ったぞ。」


いつの間にか後ろにいた同じく魔王軍幹部『イザベラ』がメリアの頭にポンと手を置く。


「なんか、勇者一行が東の国『シラーン国』にいるらしいから、そいつらを倒しにだってさ」


「ふ~ん…。西の『ダレーダ国』にいないと思ったら、勇者達そんなとこにいたんだ~」


メリアが、にんまりと笑みを浮かべる。


「なんか面白そう! 私達も行こうよ、ジャホン国に☆」


「…は?あんだって?」




――――ジャホン国 ヒミカ城―――――



「龍蛇の女王、討ち取ったぞ。」


「なっ、ヒミカがやられた!?」


レシンの勝利宣言に驚いて、思わず声を上げてしまった。


肘をヒミカに打ち付けた体勢のまま、ギロリと俺を見るレシン。


「次は貴様だ…、 終焉の王リオン!」


(ま、まずい!俺、ヤバス!)


レシンからの死刑宣告を受け、膝が笑いそうになる。


しかし、


「……誰が、やられたですって?」


「むっ!?」


レシンは俺に向けていた視線を外し、肘が鳩尾にささったままのヒミカを見る。


ぐったりしていたヒミカの腕が振り子の様に振り上がり、握られた拳がレシンの顔へ向かう。


レシンはそれを上体を後ろに引いて躱す。


ヒミカの拳は、風圧を起こしながら大きく弧を描いて空を切った。


「ちっ…、不意打ち失敗ですわ」


「ちっ…、討ち損じたか」


レシンは後方へと跳躍し、ヒミカから距離を取る。


ぐったりと立っていたヒミカは姿勢を正し、自分のお腹を擦る。


「ふぅ…、びっくりしました。さすが、東の国最強の武人と言われるだけありますね。お強い。ですが…」


パキパキと指間接を鳴らす。


「龍蛇族を身一つで屈服させた私の耐久力をなめないでいただきたいですわ。」


─パキッ パキッ



「くそっ、ヒミカの奴ピンピンしてやがるっす! レシンさんの攻撃、全然効いてなかったんすか!?」


「いや、確かに手応えはあった。我が渾身の絶技を受けてなお、立っていられる程の相手だと言う事だ。」


確かに、絶技と言うだけあってかなりの威力だった。


強力な打撃によって発生した衝撃波で城が震えたくらいだ。


しかし、それでもヒミカは倒す事は出来なかった。


(とはいえ、直撃した事は間違いない。まったくダメージがないとは、思えないが…)


「あらあら、服に埃が。少し汚れてしまいました」


ヒミカは何事もなかったかの様に、いつもの調子で和服に付いた埃を手で払ってみせるが、


「…………っ」


痛みを堪えているのか、そのこめかみには血管が浮き出ており、レシンの攻撃が効いていた事がうかがえた。


「まあまあ、痛かったですわ…」


─ピキ ピキッ…


あと、若干キレてる事もわかった。


(ご尊顔に、血管が浮き出てらっしゃる…)


くるりとこっちに顔を向ける。


「あ! ここにも埃が…ふふっ」


(…青筋立てた笑顔で、何故を俺を見るのか?)


「間違えました、埃じゃありませんでした。誇りの無い人でした。」


(……………。)


…とりあえず、俺に八つ当たりする元気はある様でよかった。


「少し油断し過ぎたみたいです。 まさか、オロチを倒して再び私の元に来るとは。」


ヒミカの視線がブラインとレシンへ戻る。


「あなた達は強い。なのでお遊びは終わりにして、本気で行かせてもらいます。

あっ、 リオンさんはもっと後ろに下がっていてくださいね」


手で、シッシッとジェスチャーされる。


「…俺が出るまでも無いと言う事か。わかった。」

(なんかヤバそうなので、喜んで下がらせていただきます!)


腕組みしたポーズのまま、スススッと滑る様に静かに後ろに下がる。


「来るぞ、備えろブライン。」


「わかってますって!」


レシンに返事をしつつ、ブラインが矢を手に取って弓を立てて構える。


しかし、狙いを定める前にヒミカがその場から離れた。


流れる様に蛇行しながら、素早くブライン達へと走って行く。


白い和服が通った跡には伸びたような残像が残り、それがまるで、白い蛇が移動しているのかと錯覚させる。


あまりの速さと不規則な蛇行移動により狙いが定まらないブラインの前に、ヒミカがが間合いを詰める。


「っ、ちょっ!?」


驚くブラインの腹に、ヒミカが拳を下から振り上げたボディーブローをいれる。


「ぐぶぇっ!!」


そして弓を掴み、そのまま弓を持ったブラインごと持ち上げて半壊状態の城の壁へとぶん投げた。


壁はブラインという豪速球を受け止めきれず、ストラックアウトの様に砕けてブラインを外へ放り出す。


「―ぐはあっ!!」


「さすが狩人。どんな事があっても弓を手離さないとは、天晴れですわ!」


「…あっという間に殴られ投げられて、手離すタイミングが無かっただけ、っす…ガクッ」


ブラインが弓を持ったまま、ガクッと意識を失う。


―ダンッッ


踏み締める音とともに、緑色の弾丸の様なものがヒミカに直進する。


緑色の魔力を纏ったレシンが接近し、ヒミカの顔目掛けて掌打を打ち込もうとする。


ヒミカはそれをするりと流れる様に躱し、レシンの背後を取る。


「残念ですが、もうあなたの攻撃は当たってあげませんよ。」


「小蛇みたいにちょろちょろと…」


ヒミカが放り投げる勢いで、握り込んだ拳を振り下ろす。


レシンがその場から飛び退いて紙一重で避けると、


振り下ろされたヒミカの拳は大きく弧を描いて地面を打ち付けた。


ズドン!と重量物が落下した鈍く重い音がしたかと思うと、


拳で殴り下ろした場所は畳ごと床下と根太が粉々に押し潰され、


そこを起点に大きなクレーターが広がり、外周に押し退けられた畳が海老反りになって捲り上がっていた。


(Wow! なんてパワフル…)



「なんて、剛力だ。魔族とはいえ小柄な女にしか見えないが、いったいどこからそんな力がでてくるのだ?」


「ふふっ、東の国の武人さん。私をただの小柄で可愛らしい乙女だとおっしゃいましたが、見た目に惑わされてはいけませんよ?」


「ふっ…、誰もそこまで言っておらぬわ!」


ヒミカとレシンが素早く動き、お互いの間合いを潰す。


ドカドカと拳が交差し、嵐の様な接近戦を繰り広げる二人。


「剛拳な上に、拳速も速い!さらには、上級魔族をも沈める我が渾身の絶技を受けてなおまだ動けるという耐久力…、つくづく化け物め!」


「そんなに褒めないでください、照れますわ。 あっ、ちなみにですが私……、

実はあの子達龍蛇を使うよりも、自分で直接戦った方がずっと強いんですよ。ふふっ」


(じゃあ最初っから自分で戦えよ!)


その言葉の通り本領を発揮したヒミカは、喧嘩上等と言わんばかりにとんでもない拳速と威力で拳を振り抜いて打つ。


「ぬうッ…」


ガードしたレシンが、踵を地面に擦れながら後ろへと押される。


それを追い、ヒミカが容赦なく殴りかかる。


(龍や蛇を使う戦闘スタイルかと思っていたが…)


「ふふふ、そーれ、そーれっ!」


召喚士の皮を被った拳闘士が、活き活きと拳を振り回す。


淑女に見せかけた荒くれ者の攻撃を、押されつつも捌いて応戦するレシン。


ドコッ バゴッ と周囲の物が、無造作に振り回したヒミカの鈍器によって砕け散る。


「拳一つで龍蛇の女王になった」という逸話が伊達ではないヒミカの拳が、弧を描く度に城が揺れ、振動であらゆる場所が崩れていく。


オロチが暴れたときと比べ物にならい破壊力のハードパンチに対し、


レシンは自身の体を纏う魔力の出力を上げる。


「ごおおおおおおおッ!」


「ふふふふふふふふふふっ」


<太鼓を叩いた様な音>と<岩を地面に叩きつけた様な音>、その両方の打撃音が重く響く。


城のあちこちを壊しながら接近戦を繰り広げる両者だが、徐々にヒミカがレシンを追い詰めていく。


「ぐっ、おおおッ」


「東の武人さん、あなたはなかなか楽しめましたよ。ですが、これまでっ!」


ヒミカの握り込んだ拳が、レシンの体を打ち貫く。


「ぶふぉっっ!!」


背中からヒミカの手が出て、レシンが咳き込んで血を吐き出す。


レシンの体を貫通した腕を引き抜くと、


体の真ん中に出来た空洞から大量の赤い血が流れ、レシンは両膝を付いて崩れた。


(うわあ……なかなかハードな光景)


ヒミカはレシンに背を向けると、血で染まった手をパッパッと軽く振って血振りをする。


「敵の主力を二人を倒し、これであとは勇者だけですね。」


(あれ…、一人忘れてる気が)


そういえばあの娘、どこに行ったんだろう。


「戦況を把握して皆を指揮しなければならないので、ここから離れたくはないのですが…。

これから町はずれの森に行って、勇者ヘレナと戦っているクロエさん達の援護に行きます。 …行きますよ?」


「…え、俺も行くのか?」


せっかくレシン達との戦闘が終わった(俺は何もしてないが)のに、わざわざ勇者がいる戦場に行きたくないんだが。


「いや、俺は留守番で…」


「あなたを一人にするわけないでしょう。自分の今の立場を忘れたのですか?」


「うっ…」


人間軍から狙われている魔王軍幹部兼、魔王軍幹部と偽ってヒミカに身柄を抑えられてる状態である。


人間軍にリオンが倒されるのと俺が逃げ出す事は、ヒミカにとっては宜しくない展開だろう。


(どちらにせよ、こんな戦場になった島国の中で一人で行動はできないか…)


「では、行きますよ。急ぎますので、しっかりついて来て下さ―」


言いかけて、一瞬ヒミカが止まる。


(ん?)


そのほんの僅かな時、


見たことのある袴姿の人物がヒミカに素早く近づき、お札の様な紙をヒミカの顔に張り付けた。


「―っ!」


お札を顔に張られたヒミカが拳を握って腕を大きく振り回すが、袴姿の人物は大きく飛び退いてその場を離れる。


「あなたは…」


「…………」


男は何も話さず、明らかに敵意を込めた目が俺たちに向けられていた。


(え、あいつ何をしてるんだ?)


「なるほど、あなたがジャホン国にいる東の国の間者でしたか」


(え… 東の国の間者?)


混乱する俺と違い、すぐに事態を把握するヒミカ。


そういえば、


<東の国の間者が他にもいるかもしれない>


という事だったが、


まさか…お前だったとは。


改めて突如現れた男の顔をまじまじと見る。


確かに俺達が知っている人物がそこにいた。


(おまえだった…のか)


この国に来て出会い、共に戦いに備えて作戦を考え、一緒に同じ時を過ごしたあいつがまさか…


(くそぉ、仲間だと思っていたのに…ッ)


まさか敵として俺たちの前に現れるとは…




( 家 老 E !! )



…………。



はい、「誰だっけ?」「どの家老だよ!」だって話でしょうね。名前は知りません。


(そういや、家老達の名前聞いてなかったな)


ジャホン国に着いてすぐ開かれた会議で、家老達を「A」と「B」と「C」と「D」と「E」で覚えてから名前を知ろうともしなかったな、俺。


モブ扱いしてたわけじゃないんだが…


特にEは家老の中でも、ぜんぜん発言してなくて影薄いし。


しかし、こうして敵として出てきたんだ。 


(名前くらい覚えておかなければいけない気がする!)



「まさか、あなたが間者とは意外でした。そう、ジャホン国 家老の一人…」


(お、名前を言うのか!?)


「ヒミカ様、あなた様の顔に張られたその札が何かご存じですかな?」


ヒミカが名前を言いかけたところで家老Eが遮って、ヒミカの顔に張ってある札を指さす。


「…なんですか?この変な札は」


(札も気になるが、まずは名前を…)


「それにしても、この私に近づくとは…。意外と速く動ける方だったんですね、ジャホン国家老──」


「それは、魔族の力を封じる『封魔札ふうまさつ』というものです。」


「なんですって?」


(魔族の力を封じる札だと!? …で、お前の名前は?)


「通りで先ほどから力がほとんど入らないと思ったら、そういうことでしたか…」


手を握ったり開いたりするヒミカ。


その後、顔の札を剝がそうとするが、しっかりと張り付いて取れない。


「…取れませんね。」


「とはいえ、さすがは魔王軍幹部。完全に力を封じるまでにはいかなかったようだ。まだ、大分魔力が残っていますな」


「ええ、あなたを軽く捻り潰す力くらいはあります。こんな紙で私の魔力を少し封じたくらいで勝てると思ったら大間違いですよ?

多少は動けるみたいですが、あなたはあちらでになっているお二人程強くない様ですし」 


動かなくなったブラインとレシンを、ヒミカが目で指す。


(名前…)


「確かに、私はあの二人程の戦闘力はない。私程度がまともに戦っても、ヒミカ様には勝てないでしょう」


「では、どうするのです? まさか、私の顔に札を張ってお仕舞いじゃないでしょう。 …もしかして、ただの嫌がらせですか?」


「くっくっく…、勿論、ヒミカ様の命はこの後しっかりといただきますよ。 」


ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる家老E。


ヒミカを倒す策がある様だが…


(だめだ、名前が気になってモヤモヤする。 ええい、もう俺が直接聞いてスッキリしよう!)


顔をキリッとさせて、家老Eに声をかける。


「…ふん。俺たちの前に現れたのなら、それなりの覚悟はできているのだろうな。死ぬ前に名を聞いてやる。 名乗れ!」


凄みを聞かせて誰何してみる。


「いやいや、あなた様に覚えられるほどの大層な名じゃありませぬ、終焉の王リオン。まあ、私のことなど、路傍の石だとでも思ってください。くっくっくっ…」


(名乗れよう!気になんだろおお!)


もういい、俺が勝手に名前を付ける。


自分を「路傍のとでも」って言ってたし、『イシダ』と呼ぼう。


「…そうか。ならば貴様を『イシダ』と呼ぶことにする」


「っ!! …さすがは、名高い終焉の王リオン。 まさか、この国の人間とヒミカも知らない俺のの名を言い当てるとは…ッ!」


くっくっくっ…とほそく笑んだりしてずっと余裕な様子を見せていた家老E、もとい『イシダ』が狼狽うろたえる。


「イシダ?あなた、そんな名前でしたっけ?」


ヒミカが首をひねる。


「どうやって、その名を知った!?リオン!」


噛みつかんばかりにイシダが俺に問う。


てきとうに付けた名前のつもりだったんだが、まさか真名(らしい)を言い当ててしまうとは。


「…ふん、貴様の顔を見ればわかる。貴様は、イシダだ!」


「なん…だと」


ふるふると肩を震わせるイシダ。


そして、ぶつぶつとだが聞き取れる声で何かを言う。


「……俺は、石田イシダじゃない。そんな普通の名は、このに来てから捨てた…俺は新しく生まれ変わったんだ!」


「えっ!?」


(今、異世界って言ったか!?)


この世界を異世界と呼ぶ人間…


「お前、まさかっ!?」


「いいかよく聞け!そして、二度と俺をイシダと呼ぶんじゃねえ!俺は他の世界からこの世界に飛ばされ…、

『とある国で「間者スパイ」をするやつになった』、喚ばれし者だ!!」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る