第4話 嫌だ!

 次の日。


 俺は上下ともスーツを着て、駅前で待っていた。


 待ち合わせの約束だったのだ。


 今までは道行く人を見ていると、自分だけ置いていかれているような気になって、言いようのない不安を覚えたものだったけど。

 今日からまた俺は無職じゃない。


 俺も社会人だ!


 気力がどんどん湧いてくる。

 一体どんな仕事だろう?


 期待に胸を膨らませ、俺は待った。


 すると。


「よお」


 有卦子さんがやってきて、片手をあげて挨拶してくれた。

 有卦子さんはジャージ姿だった。


 昨日と同じだ。


 ……ずいぶんラフな会社なんだな。


 ちょっと驚いたけど、俺は考えるのはそこで止めた。


 これは運命なんだ。

 運命の仕事なんだから。


「履歴書、書いてきました!」


 俺が鞄からそれを出そうとすると。


「そういうのはいいから、職場に案内するよ」


 押し留められて、手でついてこい、と示される。


 おっと、こんなところで履歴書渡されても困るってことなのかな?

 俺は黙ってついていくことにした。


「どんな仕事なんですかね?」


 昨日も聞いたけど、また俺は聞いた。

 深い考えは無い。


 ちょっと沈黙が嫌だったからだ。


「世の中のバランスを取る仕事だよ」


 歩きながら有卦子さん。

 具体的には話してくれない。


「それはどういう?」


「やれば分かるから」


 答えになってない。

 そう思ったけど、あまりしつこくして有卦子さんを怒らせてしまったら困るので追及はそこで止めた。


 有卦子さんは住宅地の方に歩いて行った。


 オフィスビルやら工場やらがある区画には向かっていないようだった。


 こんなところに会社なんてあるのか……?


 疑念が湧く。


 そしたら。


「着いたよ」


 見るからに安そうなアパートの一室の前に連れてこられた。


 えっと……?


「入って。開いているから」


 促された。

 ここ……?


 丸いドアノブを掴む。


「失礼します」


 ガチャ。


 ドアを開くと……


 中はワンルームだったんだけど、デスクが複数あって、デスクの上に複数個のスマホが放置されている。


「あなたの口座が……」


「まいったよ。会社の車で……」


 デスクには男が数人座っていて、スマホで電話を掛けていた。


 これって……


「リーダー、昨日の晩言ってた新入りを連れてきました」


 バタン、とドアが閉まる音。


 有卦子さんの言葉。


 すると、奥からのそ……と大きな人影が立ち上がって来た。


 ガッチリした体型の、金髪の男だった。

 耳にはピアスが複数個。


 Tシャツから覗く腕には、刺青が見える。


「よく来た」


 くちゃくちゃと何かを噛みながら、リーダーと呼ばれた男は俺に声を掛けて来た。


「ここの仕事は、持ちすぎている連中から金を運び出す仕事だ」


 電話を掛けている男たちを手で示しつつ。


「日本は年寄りが金を持ち過ぎている。それを是正するのが俺たちの仕事さ」


 やっぱりだ……


 ここ、オレオレ詐欺の現場なんだ……


 どうしよう……何で気づかなかったんだ……?


「アンタ、真面目そうだから、掛け子でしばらく慣らした後、受け子をしてもらおうかな」


 リーダーの男は、俺を評価しているみたいだった。

 どうしよう……


 嫌だなんて言おうものなら、どんな目に遭わされるか分からない……!


 でも……


 俺は想像した。


 言われるまま、オレオレ詐欺に加担して、高齢者に詐欺電話を掛けまくる自分。

 受け子を任されて、高齢者から銀行のカードを騙し取る自分……。


 そこまで想像したとき。


 故郷の両親の顔が頭に浮かんだ。


 俺が犯罪者になったら、故郷の両親がどれだけ悲しむか……


「嫌だ……」


「あ?」


「こんな仕事をするのは嫌だ!」


 そしたら、言っていた。

 拒否の言葉を。


「お前、今頃何を言ってるんだ?」


 ピキピキ、とリーダーの男のこめかみがひくつき、胸倉を掴み上げられた。


「おい有卦子、どういうことだこれは!?」


「すみませんリーダー! おい佐伯! アンタ悔しくないのか!?」


 アンタ社会から見捨てられたんだぞ! と有卦子さん……いや、有卦子が言う。

 そんなの……


「関係あるか! 俺は絶対に詐欺の片棒なんて担がない!」


 言った瞬間、顔面に衝撃を感じた。


 拳が入ったのだ。


 歯が折れなかったのが幸いだった。

 鼻血が噴き出す。


 殺される……


 そこで、俺の意識が途絶えた。




 気が付くと外で寝ていた。


 鼻血で汚れたスーツ。

 肩に引っかかったままの鞄。


「ひ、ひいいい!」


 俺は一目散に逃げだした。

 傍にあのアパートがあったからだ。


 居たくない!

 こんなところに1秒だって、居たくない!


 何で外に出たのかとか、追っ手とか。

 色々考えることがあったけど、全部放り出して俺は逃げ出した。

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