第2話 頑張って!

★★★(佛野徹子)



 アタシの名前は佛野徹子。

 職業・高校生。

 兼、殺し屋。


 アタシは小学生のときに事件を起こし、その際にファルスハーツという犯罪組織に拾われて、殺し屋としての基礎訓練を受けた。

 ファルスハーツが拾った子供たちを構成員にする養成所だ。


 その養成所を出てから、殺し屋をやってるチーム……セルって言うんだけど、そこに配属されて。

 それからずっと、表の顔は女子高生、裏の顔は殺し屋っていう二重生活を送ってる。


 別に辛くは無い。

 殺し屋って仕事はアタシの性癖にバッチリ合ってる仕事だし。

 むしろ定期的に仕事をしないと、心が飢えてしまって調子が悪くなるくらい。


 一緒に同じセルに配属された相方も同じ感じ。

 仕事自体は嫌がって居ない。


「最近仕事ないね」


 いつも相方とダベるファミレスで、アタシはテーブルを挟んで向かいに居る相方にそう声を掛けた。


「そうだな」


 相方は本を読みながらアタシの言葉に応えた。


 これがアタシの頼れる相方……下村文人しもむらあやと

 アタシと同じ、17才の高校2年生の男の子。


 背が高くて、目付きが鋭くて、凛々しい感じ。

 努力家で、読書家。


 アタシが普通の女の子なら、きっと好きになっていたと思う。

 ライクじゃない方の意味で。


 でもアタシは普通じゃ無いから、そんな感情は彼には持っていない。


「仕事を定期的にしないと、ストレスたまっちゃうんだよね」


 アタシがそう言いつつドリンクバーで汲んできた紅茶を飲むと。


「勝手にするわけにもいかないんだし、我慢するしか無いだろ」


 そりゃ、ごもっとも。

 そんな言葉が返ってくる。


 でもそれじゃ会話終わっちゃうよね。


「あやとは平気なの?」


 だからそう返してやった。

 さあ、なんて答える?


 すると彼は本から目を離さず


「……仕事が無い期間は充電期間だよ。次の仕事のために力を蓄えるんだ」


 ……彼らしい言葉でそう返してきた。


 多分、今読んでる本もその一環なんだろうね。

 医学の本かな? いつものパターンでいくと?




 そしてしばらくダベった後、アタシたちはファミレスを後にした。

 ほぼドリンクバーだけで3時間くらい居座るんだから、客としては最悪の部類かな?

 ホントはケーキなんかをもっと頼んであげたいんだけど、太ると困るからね。


 彼とはそこで別れて、ひとりで自宅のマンションに向かって歩き出した。


 歩いていると、途中で……


 ポツ……ポツ……


 雨粒が落ちて来て、降り出してきた。

 そういや、夕方から天気崩れるって言ってたなぁ。


 アタシは鞄の中から折り畳みを取り出して、傘を差した。


 雨は嫌い。

 小さいときに虐待されてた時の事を思い出すから。


 アタシは小さいときに母親に虐待されていて、よく家の外に出されていた。

 そんなときに、雨が降ってくると最悪だったよ。


 冷たいし。寒いし。


 だからアタシは母親と同じくらい雨が嫌い。


 早く止まないかなぁ……


 無理そうだけど、アタシは歩きながらそう思った。


 そうして、公園の前に差し掛かったときだった。


 公園に、人が居た。

 ブランコのところで、誰か座ってる。


 Tシャツとジーンズの男性で、呆けていた。


 雨に濡れながら。


 真面目そうな男の人だった。

 髪の毛は短めで、清潔な感じ。


 真面目そう……


 アタシは気になった。

 アタシの母親がアタシを虐待した理由は、母親の不倫相手がアタシを玩具にしたからだ。

 それに嫉妬した母親が、アタシの事を虐待した。


 その母親の不倫相手……まるっきり、チンピラみたいな男だったよ。

 大嫌いだ。

 まぁ、もう死んでるんだけどね。


 アタシが殺してやったんだ。

 母親と一緒に。


 それがアタシの最初の殺人。

 小学生のときに起こした事件。


 ……

 ………


 だからアタシは真面目そうな男性を見ると、親切にしてあげたい気分になる。

 アタシが大嫌いなタイプの男と正反対だから。


 気が付くとアタシはその男性に近づいていて


「オジサン、雨降って来てますけど」


 声を掛けていた。




 その男の人の名前は佐伯さんといって、昨日まで会社員をしてた人だったらしい。

 10年も勤めてた会社をクビになってしまったんだって。可哀想。


 家が近くだというので、アタシは佐伯さんを送ってあげることにした。


 雨、激しくないけど、雨粒大きいし。

 放置してたらずぶ濡れ必至。


 アタシとしては見過ごせなかった。


 普通に生きてる人には幸せになってもらいたいもの。

 アタシ、自分の仕事が仕事だからね。

 余計にそう思う。


 色々会話しながら佐伯さんの家……アパートの前まで来た。


「送ってくれてありがとう」


 そして佐伯さんはそう言って、アタシとサヨナラしようとした。


 アタシとしては……


 少し、思うところがあった。


 この人、弱ってる。

 元気づけてあげたい。


 それがアタシの正直な気持ち。


 だから、言ったんだ。


「待ってください」


 佐伯さんを呼び止めて。


「アタシに晩御飯を作らせてください」


 そう言ったとき。


 佐伯さんは目を丸くして驚いていた。




 家に上げてもらって。

 台所を貸してもらった。


 幸い、佐伯さんは自炊する人だったみたいで、冷蔵庫の中には食材がそこそこあった。


 これで何が作れるだろう……。


 アタシは頭の中で献立を考える。


 豆腐と挽肉がある……調味料は……


 よし!


 アタシはギリギリ麻婆豆腐を作れると判断し、作業に取り掛かった。

 料理はアタシの得意技だからね。



 足りない調味料があったけど、代用することで間に合わせ。

 アタシは麻婆豆腐を作った。


 他人のために料理の腕を振るうのは気分が良い。

 自分のための料理って味気ないからね。


「さあ、食べてみてください」


 完成した麻婆豆腐をテーブルに置き。


 佐伯さんに勧めた。

 味には自信がある。どうだ?


 佐伯さんはご飯をレンチンして、お茶碗によそい、食事の準備を整え。


 アタシの麻婆豆腐を口に運んでくれた。

 すると。


「美味しい……美味しいよ」


 佐伯さんは泣いていた。


 ポロポロ、ポロポロ泣いていた。


 そんな佐伯さんの様子に、アタシは少しキュンとする。


「ありがとうございます」


 アタシの料理にそこまで喜んでくれるなんて。光栄。


「思い切り泣いて、スッキリしてから食べて、そして元気になってください」


 溜め込んできたものがあったんだよね?

 思い切り泣けばいいよ。


 思い切り泣いて、食べて。

 そして明日は笑って立って欲しい。


 アタシは心からそう思った。


 人生、辛い事がたくさんあるだろうけど、佐伯さん。

 どうか挫けず、頑張って。


 そのためにアタシの力が役立てるなら、こんなに光栄な事は無いよ。

 だってアタシ、こういう人に幸せになってもらいたいんだもの。


 そしてアタシは、佐伯さんが食べ終わるのを見守ってから、一礼し。

 佐伯さんの家を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る