第48話

 ひと騒動があったものの、婚約パーティ自体は無事成功したといえる。

 来客はみな優しい人で、心の底から私とイルヴィスの幸せを願っていると伝わってくる雰囲気だった。


 とはいえあんな大きなパーティの主催は初めてだった私は、その夜気絶するように眠ってしまった。次に目を覚ましたのは翌日の昼で、すでにイルヴィスがどこかへ出かけていた後だった。


 そんなわけで、私が状況を把握したときには全てが終わっていたのだ。

 聞けば、表向きでは妹は重病で外に出られなくなったことにされたらしい。そして、それを心配した両親が私とイルヴィスに全てを託し、妹とともに辺境に行ったという、美しい家族物語ができていた。



(ライベルンの修道院か……。オリビアが耐えきれるかしら)



 両親は監視付きではあるが、一応は人間らしい生活ができるだろう。

 特に母は、精神面の負担にさえ目を瞑れば貴族らしい生活のままだ。ただ、母の実家は典型的な貴族気質な人達ばかりなので、半分軟禁のような状況にはなるだろうが。


 私が驚いたのは妹の処置である。

 確かに、私はアレに元婚約者もろとも地獄に落ちて欲しいと思っていたが、まさか生きたまま地獄に叩き込まれるとは考えていなかった。


 それくらいにライベルンの修道院は劣悪だと聞いたが、いったいイルヴィスはどうやって妹をあそこに送れたのか気になる。まあ、正直ちょっと溜飲が下がったところもあるので、妹について考えるのは最後にしよう。

 どうせ、私には妹を助ける気が全くないのだから。



 ……そういえば、元婚約者と妹の婚約は当然ながら破棄されたらしい。

 今回の件を聞いたウスター侯爵は激怒して、元婚約者を除籍して追い出したのだ。私のもとには侯爵から大量の詫び品が届いており、「愚息が取り返しのつかない過ちを犯してしまった。しかと罰を与えたので、アマリア嬢さえよければ今後も仲良くしたい」という手紙も頂いた。


 ウスター侯爵は嫌いではないし、あの時元婚約者があんなに暴走したのは、おおかた妹が焚き付けたからだ。

 妹は私とイルヴィスのデートを邪魔したくて元婚約者を言いくるめたのだろうが、変に暴走してくれたおかげで助かった。

 あの日、元婚約者が"らしくない"行動をしたのはそういうことだろう。



 とはいえ、これは貸しを作りつつも関わりを持てるいい機会だ。イルヴィスにも話して、先ほど和解の手紙を出してきたところである。


 あんな泥沼から想像できないほどの大団円だ。



「現在、空いたローズベリー伯爵領は、一時的に私の管轄下に入ります。とはいえ、実際に運営するのは管理者です。使用人たちにもそのまま働いて頂いているので、何かあればすぐに対処できるかと」



 さりげなく父がいなくても問題ないと言われて、少し情けない気持ちになる。まさか本当に遊んでばっかりだったとは……。



「一時的、ですか。形だけでも残るのは嬉しいのですが、ずっと領主がいないのは……これからどうするつもりですか?」

「ローズベリー伯爵家に分家はなかったようですから、私たちの子供に継がせようかと思いまして」

「こっ!?」



 思わず声がひっくり返ってしまった。

 いや、確かにいい考えではある。……いい考えではあるのだが、突然言われると照れるというか。



「まさかと思いますが、ここまできてまだ私の気持ちを疑うというのですか」

「い、いえ!それはこの上なく身に染みております!」

「本当ですか?そもそも、アメリーはいまいち自己評価が低いんですよ。そのくせいきなり爆弾を投げてくるので困ります。だいたいなんですか、昨日のアレ――――」

「ちょ、ちょっと待ってください!今そういう空気じゃなかったですよね!!」



 イルヴィスが変な方向に暴走する前にさえぎる。

 昨日のアレがどのアレかは分からないが、それを聞くと私が平常心でいられる可能性はとても低い。


 今までの記憶がよみがえって、思わず大きなため息をついてしまう。さっきまでの重たい空気が一気に緩いものになる。


 ――――それはつまり、イルヴィスがこれ以上伯爵家の話をする気は無いということだ。



「まあ、使用人たちが元気にやっていけるならそれで結構です」



 私はこのまま会話を切り上げようとしたが、ふとイルヴィスが何か言いたげにこちらを見つめていることに気がついた。



「ルイ?まだ何かあるのですか?」

「……全てが終われば、昔の話を聞いてくださると」



 そう言ったイルヴィスは捨てられた子犬のような表情をしていて、不覚にも笑ってしまった。



「もちろんです。ですが、ルイは疲れているのでは?あまりゆっくり休めていませんよね」

「いいえ、私は大丈夫です。前にも言ったでしょう?私にとって、アメリーと過ごすのが何よりの癒しだと」



 顔に熱が集まるのを感じて、少し下を向く。

 そんな私の反応を良しと受け取ったイルヴィスは、それはそれは嬉しそうに話し出した。


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