第36話.feat.オリビア・ローズベリー

 貴い身分に可愛らしい容姿。平民にも優しくて、殿方たちのお話にも付き合える。

 ローズベリー伯爵家の次女として優れたわたくしは、誰よりも優先されるべきなのよ。



「この家のために、オリビアは必ずいい相手を見つけてちょうだい」



 お母さまがそう言ったとき、わたくしはとても驚いたわ。だって、わたくしはわたくしが家を継ぐのだとずうっと信じていたもの。




 ――――わたくしには、姉がいるわ。

 わたくしとは少しだけ似ているけど、わたくしの方が何倍も綺麗ね。


 お姉さまはいつも何かしらのお勉強をしていたわ。難しい本を見ていたり、ピアノのお稽古だったり、何だかよくわからないものまで、とにかく忙しそうだった。


 好きなことを好きな時にできるわたくしと違って、自分の時間もないお姉さまは、きっと頭が悪いのだと思うの。

 使用人たちはいつもお姉さまの事をほめていたけど、ほとんど平民である彼らに本当の良し悪しなんて分からないのだろう。



 ある日、わたくしのところにも先生が来た。でも、あの人はわたくしに意地悪をして、難しいことばかり聞くのよ。だから辞めさせたわ。

 すぐに別の先生が来たけど、その先生はお姉さまばかりほめるの。私の良さも分からないなんて、そんな人が先生できるとはとても思えない。この人も辞めさせたわ。

 その後も何度か先生が来たけど、どれも不合格よ。


 でも、彼らはお姉さまには教えられていたみたいだから、わたくしの方が優れているって証明できたわ。

 わたくしに先生なんて必要ないのよ。勉強なんてしなくても、こんなに賢いもの。



 だから、だから。

 長女というだけで伯爵家を継ぐお姉さまがだいっきらいだったの。


 うらやましい。ずるい。きらい。

 わたくしよりずうっと劣っているくせに、わたくしには手に入らないものをたくさん持っている。

 気に入らない。なんてかわいそうなわたくし。

 


「お姉さま、これはわたくしにくださいな」

「あら、お姉さまにはお似合いではなくってよ」



 お姉さまが大切にしていたものを奪えば、お姉さまは泣きそうな顔をしたわ。

 その顔を見る度に、わたくしはとっても満たされるの。


 お父さまもお母さまも、わたくしの方を愛しているわ。あんまりお話はできないけれど、わたくしが何をやっても許してくださっているもの。

 二人ともよくお姉さまを叱っていたわ。わたくしをあんまり煌びやかな宮殿に連れて行ってくださらないのも、わたくしを大切にしているからよね!



 お姉さまに、婚約者ができてしまったわ。

 わたくしよりも先に恋人ができるなんて、許されるはずがない。見なさいよ、浅ましくも勘違いしたお姉さまが、幸せそうにしているじゃない!


 すぐにお父さまとお話したかったのだけど、お父さまは取り合ってくださらなかったわ。仕方がないから、お姉さまの婚約者を貰いましょう。

 わたくしはたくさん恋をしたことがあるから、とても簡単だったわ。



「ずっとお姉さまからあの人を奪いたかったの」

「なら、なんで今なのかって?そんなの決まってるじゃない」

「だってそのほうが、より絶望した顔が見られるもの」



 あの時のお姉さまの顔は忘れられないわ。

 でもわたくしは優しいから、お姉さまが思いつめないようにたくさん声をかけたの。



 そんな私の気遣いなんて気にもしないで、お姉さまはパーティーで殿方に色目を使ったのよ!初めて近くでお姿を目にしたのだけど、ランベルト公爵さまはなんて麗しい方なのかしら。わたくしが今まで遊んであげたどの殿方よりも素敵だったわ。



「はあ……公爵様ったら、いつになったらわたくしを迎えにきてくださるのかしら」



 とうとうお姉さまはウィリアムさまに捨てられた。

 ウィリアムさまはなぜか気分が悪そうだったけれど、わたくしが背中を押してあげたのですからもっと喜べばいいのに。


 前のように絶望した顔が見られなくて物足りないけれど、きっと公爵様に泣きついて困らせているに違いないもの。早く公爵様を助けてあげられたらいいのだけど、わたくしは今ウィリアムさまを慰めるのに忙しいわ。


 公爵様はわたくしが伯爵家を継げるようにお姉さまを連れ去ったのだから、わたくしだって頑張りたいのだけど……。最近のウィリアムさまはおかしいの。



「オリビア、もう夜遊びはやめるんだ」

「最低限のマナーは身につけた方がいい」

「せめて書類を読めるくらいの知識をつけろ」



 わたくしを独り占めしたいのは分かるのだけど、ここまでしつこいとイライラするわ。マナーなんて、わたくしの可愛さを損ねるだけ。わたくしはわたくしのままでみんなに可愛がってもらえるのよ!

 わたくしは未来の伯爵になるのよ?書類のような難しい仕事は使用人に任せればいいじゃない。わたくしはパーティーで踊っていればいいの。



 それなのに、それなのに!

 あいつらは使用人のくせにわたくしのやることにいちいち口を出すのよ!叱っても馬鹿にしたような目をするのよ。わたくしがそんな目にあっているというのに、お母さまは見て見ぬふり!お父さまなんて、甘えるなとお怒りになるのよ!?


 さっさと罰を与えてやればいいのに、公爵様の使用人らしくて何もできないですって!わたくしが!こんな惨めな思いをしているのに!どうして誰もわたくしを助けてくださらないの!

 ムカつく、むかつく!

 きっとお姉さまがみんなにわたくしの悪い話をしていたに違いないわ。ウィリアムさまがわたくしの言う事聞かないのも、使用人が生意気なのも、ぜんぶぜんぶあの女のせい。



 そんな窮屈な毎日、公爵家から手紙が届いたの。

 やっとわたくしを救い出してくださるのね、と早速目を通したのに。



「どうなってるんですの!?お姉さまと公爵さまが婚約ですって!?そんなはずがないわ!!」



 信じられない!信じられない!信じられない!

 わたくしよりお姉さまをなんて、きっと何かの間違いだわ!


 気に食わない。気に食わない、気に食わない!

 なんで何もかも上手くいかないのよ!

 ああ……でも、でもわたくしにもパーティーの招待状が届いているわ。これがあれば今まで入れてもらえなかった公爵のお屋敷に入れる!





 ――――お待ちくださいな、公爵様。今度こそお姉さまから助けて差し上げますわ。


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