第14話

 熟練のメイドなだけあって、エマとミラは手早く私の支度を完璧に整えてくれ、満足げな笑顔で私の前に鏡を運んできた。



 鏡に映る私はまるで別人のようだ。


 白い生地のプリンセスラインのたっぷりとしたスカート部分には、ライムグリーンの刺繍が見事に施されている。襟元や長袖は白いレースで縁取られ、うっすらとした化粧が程よく映える。

 昨日までのくたびれた女の面影は、もうそこにはない。



「さすがに気合いの入れすぎでは……?」

「なにを言いますか!今日は初デートなんですよ!?世界で一番のお姫様にならなくてどうするんですか!」

「そうですね。ウィリアム様はお嬢様が過剰に着飾るのを嫌っておりましたから、今度こそお嬢様が誰よりも美しいことを示しましょう」



 婚約者は私が華やかな装いをするのにいい顔しない。特に露出に厳しかったが、あの妹と寝たんだから本当に意味が分からない。



「お待たせしました!私の渾身のできですよ!」

「ええ、ありがとう。早くて助かったわ」



 初めての年頃の令嬢らしい格好に気分が上がる。今まで暗い色ばかり着ていたから、白いドレスが見慣れなくて鏡の前でくるくる回ってしまった。


 エマたちが微笑ましげな顔をしているのが鏡越しに見えて、ちょっと居た堪れない。



「と、とりあえず朝食をとりましょう!」

「ふふ、そうですね」

「今朝はお嬢様の好物を用意しましたよ!」



 二人の視線から逃れるように、私は早足で部屋を出た。慣れないヒールで転ばないようにゆっくり階段を降りていくと、なんだが一階が騒がしいような気がする。



(……みんなが、朝食の準備をしている?)



 我が家の食事は母の嫌味の善し悪しでガラッと変わる。今朝の母の機嫌がいいとはとても思えないので、いつもなら黙々と準備が進められているはずだ。


 訝しみながら朝食の準備が進められているグレート・ホールを覗くと、そこには信じられない人が座っていた。



「あ……久しぶり、アマリア。その……調子はどう、かな」



 視線をさ迷わせながら、その人は弱々しく声をかけてきた。

 このわずかな期間で忘れるはずもない私の婚約者___ウィリアム・ウスターが、なぜかわが家の食卓にいた。ふわふわしていた気持ちは一瞬で冷め、代わりに怒りが湧いてくる。


 というか申し訳なさそうにしないで欲しい。そりゃ浮気したんだから気まずいだろうけど、悪いと思うならそもそも浮気をしないでほしい。


 さすがに侯爵三男を殴る訳にもいかないので、私は嫌悪感を堪えつつ他人行儀な笑みを貼り付けた。



「おはようございます。本日はどのような用件でこんな時間にいらっしゃったのでしょうか」

「えっ、ああいや……その、実はオリビアが昨日来てね」



 婚約者は言いにくそうに口ごもり、ダークブラウンの瞳を逸らした。その内容に、胸ぐらを掴んでビンタをかました方がいいのかと本気で迷った。いったいどういうつもりでそれを言ったのだろうか。



「そうですか、では今日はオリビアに用があったんですね。でしたら私は関係ないので失礼させていただきます」

「あっ、待ってくれ!ってその格好はなんだ!」



 やっとこちらを見た婚約者は、言いたいことも忘れて私の服装に口を出してきた。さっきまで弱々しかったのに、今は目をつりあげて私を睨んでいる。


 いつもなら、私は顔を真っ青にして慌てて着替えていたと思う。だが、私はもう婚約者こんなやつのご機嫌を伺う必要はないのだ。




 にこりと、私は私が思う一番の笑顔を浮かべた。


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