第3話 武器屋のお仕事③ バスタードソード

「――――は??」 

 まさかの拒絶に彼女は一瞬ポカンとし、そしてすぐに顔を赤らめ、怒りを現した。


「売れない!? 売れないってどういうことよ?」


 無理もない。

 客が欲しいと言った商品を特に理由もなく、いきなり断ってきたのだ。

 これで文句を言わない者はいない。

 しかしネアリはそんな彼女に臆することなく、ひとつ質問した。


「失礼ですけども……お客さんって駆け出しの冒険者さんですよね?」

「え? ……ま、まあ……そうよ。なに? 駆け出しじゃこの剣は売れないって言うつもり!??」

「いえ、けっしてそんな訳じゃないんですけど、このままソレを売っちゃたらお客さん、たぶん……すぐに死んじゃうなと思いまして……」

「――――なっ!?」


 初心者の負い目に、さらに塩を塗るような事を言われて彼女はますます頭にきてしまう。


「なに? あなた店員のくせに私のこと馬鹿にしているわけ!?」

「いえいえ決してそんな事はありません。ただ……」

「ただ、なに!??」

「あまりにもので……」


 そのネアリの言葉に、彼女の堪忍袋は爆発寸前。

 頭からは湯気が上り始めていた。


 なまじ少し当たっているだけに余計に癇に障ったのだろう。


 ……しまった、少しはっきり言い過ぎたかな? とネアリは思ったが、しかしこれは大事な話である。はっきり説明しないといけない。


「ふ……ふふふ……いいわ、そこまで偉そうなことを言うんだったら、あなたの腕前は相当なものって事よね?」


 額に怒りマークをいくつも浮かべて、彼女は剣を鞘に収める。

 そしてその鞘が付いたままのバスタードソードを構えてネアリに向き直る。


「だったら勝負をしない? ……あなたに負けたら、言う通り剣を買うのを諦めるわ。でもその代わり私が勝ったら半額で売ってもらうわ、どう?」


 怒りの表情そのままに、彼女は決闘を挑んできた。

 ネアリは少し考えて……。


「う~~~~ん。それだとウチの儲けがなさすぎるんで……。どうでしょう、私が勝ったらこのショートソードをお買い上げ頂くって事で?」


 いつの間にか持ってきていたごく普通のショートソードを彼女に見せる。


「これはこの王国で作られている最もポピュラーな戦闘用剣の一つで、身体の小さい方や初級・中級冒険者の方々に人気の一振りとなっております。大量生産されているためお値段も銀貨2枚とお手頃ですよ♪」


 そしてニコッと笑うネアリ。

 対する彼女の方はますます頬が赤くなって、


「知ってるわよそのくらいっ!! 冒険者養成学校で散々使わされたからね!! それがどうして一人前になった今でも、そんな小さな安物剣使わなきゃいけないのよ、冗談じゃないわ!!」


 彼女の言う通りショートソードは短い。刃渡りにして50センチくらいしか無い。そのぶん軽く、取り回しに優れているが、その簡素な造りと値段の安さから面子を重んじる傭兵や冒険者からは軽視されがちな武器なのも事実である。


「おや、そんな情けなく小さい安物剣に勝てる自信がないとでも?」

「むきーーーーーーっ!!!!」


 ネアリの安すぎる挑発に、とうとう堪忍袋が開いてしまう彼女。


 ――――ボンっ!!

 同時に近くから何かが爆発する音が聞こえたが、今は関係ない。


「い、いいわやってあげるわ!! その代わり私が勝ったらこの剣はタダにしてもらいますからねっ!!」


 ドサクサに条件を変更し、剣を構える彼女。

 ネアリの返事を聞くこともなく――――、


「行くわよっ!!」


 ――――ザンッ!!

 言うのと距離を詰めてくるのは同時だった。


「――――おっと」


 そのしなやかな筋肉からある程度のスピードは予測していたが、ネアリが想像していたそれよりも、彼女はもう一段速いようだった。

 だが、ネアリは落ち着いてトンっと一歩間合いを縮める。


「――――!?」

 逃げるのではなく、向かってこられた事で逆に間合いを外されてしまう彼女。


 ――――ガコッ!!

 彼女の剣とネアリの剣が柄ごしにぶつかり擦れる。


「思ったよりも素早い方ですね……ええっと?」

「リン、よ。峠の国のシャ・リン」

「リンさんですね」


 人懐っこく笑みを浮かべるネアリ。

 彼女はそのままリンの剣を絡めるように自身の剣で円を描き、ひとつ後ろへ。


「――――むっ!?」


 剣を持っていかれそうになった彼女は、そうはされまいと前に踏み込むが、その動きに合わせてネアリはまたも逆に一歩前に出る。


 ――――ぴと。

 と、ショートソードの鞘先がリンの顎に当てられた。


 対するリンのバスタードソードは間合いを詰められすぎて、ネアリの脇から背中へとすり抜けてしまっている。


「――――勝負あり……ですね」


 上目遣いでニッコリと、そう宣言するネアリ。

 彼女の言う通り、これが実践なら今頃リンの顔は縦に裂かれて生きてはいまい。

 バスタードソードも、無理やり振り回せなくもないが、こうも詰め寄られてしまっては遠心力も重みも、全ての利点が殺されてしまって大した威力など期待できないだろう。


 呆気ないほどの、リンの完敗であった。


「――――ぐ、……どうして、どうしてバスタードソードがショートソードなんかに負けるのよ……。こっちの方が戦闘向きだし値段も高いはずでしょ……」


 四つん這いになって悔しがり、砂を握りしめるリン。

 ネアリはそんな彼女に解説してみせる。


「確かに総合力ではバスタードソードはショートソードに劣る物ではありません。

 ロングソード、ブレードソード、バスタードソード。この三つは対人戦闘用に作られた最も普及している優秀な武器たちです。とくにバスタードソードは他の二本よりも大きく威力も強い。それに片手持ち両手持ち両方の使い方が出来るぶん、盾との併用以外でも斧のように攻撃に特化した使い方も可能だったり、高威力万能武器として傭兵さんたちにはとても人気の品です」


「だ、だったらなぜ私がこんな簡単に負けたの? ……腕の差は認めるわ、でも私だって訓練学校では上位の成績だっのよ。……こんな呆気なく負けるなんてこと、今まで一度たりとも無かったわっ!!」


「はい、ですからそれは武器との相性の差です」


 笑顔を崩す事なく、ネアリは努めてほがらかに解説を続けた。

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