《修行中の半亜人》:円卓会議①

 要塞都市カストラにある議会堂の大広間。


「だから、我々だけで始めるべきだと言っているのだ!」


多くの屈強な冒険者が集っているにも関わらず、誰もが物音一つたてずに会話の行く末を見守っていた。


「これは《ディアマンテ》のクリスティーナ様が提起された議題。彼女がいなくては意味がない。それに、円卓会議の始動は全ての主要ギルドが揃ってからと明記されていることをお忘れなきよう。一つたりとも欠けること無く、円卓に座して話し合うのが常識でしょう」

「マグニ殿が仰られる事も理解する。だが、我々にクリスティーナ様抜きで始められることはできない」

「これだから《ディアマンテ》派は嫌いなのだ。既に所定の時間からどれくらいの時間が経っているとお考えか。これほどの時間があれば、モンスターを討伐している方が遥かに効率的。いくら『英雄』とはいえども、時間を守れないのはあまりにも無作法」


綾羅錦繍な服、指が隠れてしまいそうな程までにある数々の指輪、そして極めつけは頭頂部に飾られている王冠が特徴的な男が円卓会議を始動させようと声を荒らげたところを、人の良さそうな笑みを浮かべた大柄な男と優男が反対した。


「マグニ殿、そう気を焦らすな。『英雄』様が遅れるほどの理由、もしかしたら世界の裏側で竜を討伐しているのでしょう」


賢者、という風格をしたダークエルフが、王冠を頂いているマグニを諌める。


「お集まりの皆様、もう半刻ほど待ってみてはいかがでしょうか。それまでに来られませんでしたら、流石のクリスティーナ様も、円卓会議の始動をお許し下さるでしょう。マグニ殿、それでよろしいですか」


円卓とは少し離れた所に座っている男、要塞都市都市長であるオヴェイロがそう提案した。


「都市長はあくまでも傍観者としての立場を貫いて頂きたい。円卓会議への参加が認められているだけでも、感謝して……」

「おい、マグニ。ちっとは黙れや」


燃えるような赤い頭髪を揺らし、首に何重にも巻いてあるネックレスを触りながら、一人異質な雰囲気を放っている男が静かに言った。

マグニはすぐさま言葉を発しなくなり、まるで何かに怯えているかのように目を彷徨わせ始める。


「しかしよぉ、オヴェイロ。クリスティーナが遅れてんのは、あいつの責任だろ。マグニが言う通り、俺らの時間は大切なわけだ」


オヴェイロと都市長に向けて、軽く握られた拳を男が突き出した。


「早いとこ始めようぜ。眠くなってくるわ」


すると、広間内に暴風が吹き荒れ、その風が都市長に一直線へと駆け、直撃する。

オヴェイロはそのまま宙に吹き飛ばされたが、一人の和服姿の女がそれを受け止めた。


優に半メートル以上の身長差があるにも関わらず、女はオヴェイロを地面へと降ろすと、男を指差す。


「お主が先日の不手際のせいで苛ついているのは、ここにいる全員が知っている。癇癪を起こすではない、みっともないぞ。プラーグ」

「あぁん……んだとッ」


プラーグ、と呼ばれた男が明確な殺気をその瞳に宿し、再び拳を握る。先程とは違い、拳をぼんやりとした朱色の光が覆い尽くしている。

女の方も長い黒髪を後ろに払うと、素早い動作で振り袖の中へと手を入れ、臨戦態勢になる。まるで硬直しているような姿勢だが隙を一切感じられない。


「ちょっ、ちょっと。プラーグ様も音羽様もやめて下さいよ! また、お二人が暴れたら改修費だけが増えて、何も得るものはないんですから!」


音羽の側に控えていた鎧武者が必死になって、音羽を抑え込もうとするが、隔絶したレベル差がそれを不可能とする。


もはや、一触即発は避けられない。

防御魔法を展開できる者はすでに展開し終えて傍観の態度を示し、できない者は雲行きが怪しくなった時点で退避している。

床に転がっていた都市長は警備隊に回収され、高レベルの冒険者のみが大広間に残された。


「今日こそ、決着をつけようぞ」

「泣くなよ、小娘」


その言葉を合図に音羽が魔法を展開し、一瞬の暇もなく行使する。


音羽の魔法は前方に激しい空気の振動を発生させ、範囲内にいる者全ての方位感覚と三半規管を狂わせた。脳まで響く振動によって意識を刈り取ろうとする。

だが、プラーグも最上級ギルドのギルドマスターの一人である。

振動を物ともせずただ暴力をもって突破すると、魔法的な光を宿した拳を音羽の細い腰に叩き込まんと、肉薄した。

それを音羽は流れるような動作で回避すると、事前に仕掛けておいた魔法陣を起爆させようと……


「煩わしい」


そんな小さな呟きがまるで幻聴のように聞こえる。。

しかし、打撃音と魔法による爆破音や振動音の爆音が響き渡っている大広間において、そんな静かな一言が聞き取れるはずがないのだ。


だが、現にプラーグと音羽は攻撃の手を止め、声の元を探ろうとしている。

それは他の冒険者も同じであった。


「冒険者がお互いに争うなど……」


突然、視界を白色の発光が満たし、誰もが目を覆った。

魔法で視界を得ようとする者や、自力で発光から逃れようとする者と様々であるが、誰もが的確に対処を始め、この異常事態の最中、並以上の冒険者である事を身を持って証明している。

中でも、円卓に座している者たちの洗練された動きは素晴らしく、魔法の発動から完成までの行程に一切の迷いはなかった。


しかし、


「恥を知りなさい」


底冷えするような、生命に対する哀れみの一切を感じさせない声音が静かに、だが確実にこの場に居合わせた全員の鼓膜に伝播した。

実態のない精神攻撃の類かと数人がすぐさま魔法を感知する感覚を研ぎ澄ませたが、それが魔法的な要因ではなく単純で圧倒的な覇気によるものだと知った。

声の主は探すまでもない。

隠そうともしない強大な魔力の根源がその存在を示していた。

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