《修行中の半亜人》:少女①

少女は何かに怯えているのか身を震わせており、薄汚れた髪の奥から覗く恐怖に支配された瞳。


その瞳にティルは覚えがあった。

外にいた白い服の人々と部屋に飛び込んで来た少女。

これはただの偶然だろうか。

扉が風に押され、大きな音をたてて閉まる。

その音に肩を弾ませ、少女が更に縮こまる。


「君はだれ」


ティルの問いは扉が再びノックされた音に掻き消された。


「ど、どちら様ですか」


上ずる声を何とか抑え、ティルは剣を後ろ手に持ちながら扉に歩み寄る。

しかし、予期していなかった事に返答があった。


「教皇庁の者だ。十代ぐらいの少女を見かけなかったか。重大事案につき詳細は省かせていただく」


ティルの全身が硬直する。

扉の向こうにいるのは教皇庁の人。

先程、シエラから聞いた教皇庁と組合とのおかしな関係、そして何よりもティルのベッドの下にいる少女の怯え方は尋常ではない。

神の名の元、全人類への救済を声高らかに伝導している教皇庁が成すことだろうか。


「しょ、少女ですか……」


ティルが顔をベッドの下に向けると、恐怖に塗り潰されている少女の瞳が真っ直ぐにティルを射すくめる。


「見てないです……」


数秒の沈黙。心臓が飛び出てしまいそうな程に痛い。


「分かった。もし何か思い出したりしたならば、教皇庁に来てルーデルという名前を告げてくれ。夜分遅くに申し訳なかった」


慌ただしく足音が過ぎ去っても警戒を解くことはなく、数分が経った後にティルはようやく強張った筋肉を弛緩させた。


「ど、どういう…こと……」


扉を背に、ずるずると床に落ちながらティルが小声で呟く。

確かに、ティルの下にいるのは人間種の何かだ。

服と思われる布切れから生えている四本の青白い棒はティルの手足と酷似しているし、体格や骨格なども人間のそれと同じである。


ベッドの下に謎の生物を隠したまま眠ることなど到底できないと考えたティルは恐る恐るそれに近づく。


瞬き一つせずにこちらを見つめてくる何かの動きに注意しつつ、敵対心が無い事を示すためにまzすは剣を床に置く。


そしてそのまま手をベッドの下に差し込み、細心の注意を払ってそれの腕と思われる場所を掴み、一気にベッドの下から引きずり出す。

今にも折れそうな細腕がまずはベッドから引き出され、頭部、胸部、腹部、臀部、そして太腿に踵。ようやく全身を引きずり出すことに成功したティルはあまりの異様さに息を飲んだ。


両手足は土で汚れ、服の各所に血がついている。

鳥の巣のように絡まった髪に痩せ細った身体、そして生気が一切感じられない瞳。

まるで生ける屍のようだ。


「だ、大丈夫。君はどこから来たの」


耳が聞こえないのかと思い、ティルが何度か同じ質問を繰り返すうちに、少女が手をゆっくりと掲げ窓を指す。


「う、うん、外から来たのは知ってるよ。でも、お家はどこにあるのかな。住所が分からなくても、近くにある建物とか地形が……」


再び少女が腕を上げて窓の外を指さす。


「んー。君みたいな女の子が外を出歩いている時間じゃないと思うだよね。お父さんとお母さんが心配しているだろうし、早く帰った方がいいよ」


だが、少女は腕を上げたまま下ろそうとはしない。


「だから、君はどこから来た……」


疲れや眠気が限界まできていたティルは声を荒げ、窓の外を向き直るとそこから見える巨大な建造物を見て言葉を失う。

先端が鋭角の塔が連なり、ステンドグラスが星明りを反射させている建物。

ラッパを抱き、巻物を読んでいる天使の顔に影ができるのをティルは錯覚する。

少女が指していたのは窓の外ではなく、窓の向こう。


教皇庁だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る