《駆け出しの半亜人》:動き出す

 同時刻。


パン屋に訪れた二人組同様、三人組の男たちが全身黒服で外周地域を疾駆していた。警備の目をすり抜け、通りかかった人々は突風が吹いたとしか認識できない程の速度だ。

時より、深い袖から見える男たちの指には同じような、竜が絡んでいる指輪が嵌められている。また、腕には神話に登場する女神が彫られており、三人が同じ組織の人間であると分かる人には分かってしまう。


前を行くリーダー格の男が道を逸れ、とある古民家の中へ音もなく突入する。

無人家なのか人はおらず、床は腐って半壊しかけている。

男たちは特に気にする事なく居間へ行き、中央に置かれている机をどけた。

リーダーの指示で一人が敷かれていた絨毯を動かすと、何かを収納するためか、四角い取っ手の付いた扉が現れる。

躊躇することなく男が取っ手を引くと、そこには地下へと続く階段があった。


「油断するな。臨戦態勢だ」


自身も剣を引き抜きながら、残りの二人へ命令したリーダーが階段を下り始める。

頭が当たらない程度、横幅も男二人がすれ違える洞窟ような造りをしている地下道。

所々に吊るされている青赤緑色のランタンが剥き出しの鉱石に反射して輝いてる。この先に誰かがいる証拠だ。


一行が無言で進み続けること数分、少し広くなっている空間に出て息苦しさから解放される。だが、そこは袋小路となっており、これ以上前へは進めない。


「隊長、我々は……」

「黙れ」


剣を構えたまま、隊長と呼ばれた男が奥の壁へと近づいていく。

そして、壁に剣を触れさせた瞬間、まるで最初からそこにあったかのように、鉄色に光る金属製の扉が現れる。


「失礼するぞ」

そう言うと、男が真鍮製のドアノブに手をかけた。


「ぐあっ!」

「隊長!」


男がドアノブに手をかけたその時、ドアノブが流動し、蛇の姿にとなり男の手に噛み付いたのだ。

くぐもった痛みの声をあげると、隊長と呼ばれた男は片膝をつく。


「〈止血〉〈解毒〉」


小指と薬指を切断されたにも関わらず、男は低く呻いたのみで直様、止血魔法をかけ、噛み付いてきた対象が蛇であったことを考慮し解毒魔法もかける。


「挨拶も抜きに立ち入ろうとする愚か者よ」


扉の向こう側から声がかけられ、声の主の正体は分からないものの、嗄れた声から高齢な男だと予想できる。


「き、貴様! 隊長の指を……」


今にも襲いかからん剣幕で男の一人が怒鳴り散らす。

それを隊長が手で制し、痛む指を押さえつつ扉の方を向く。


「非礼をお詫び申し上げます。ですが、我々が今夜ここを訪れることは老公もご存知であったはず。指を二本持っていくのが老公の流儀なのですか」


老公と呼ばれた主が低い声で嗤う。


「なになに、老いぼれのいたずらじゃよ」


血気盛んな男が再び剣に手をかけるが、それを目配せで黙らせ、隊長が懐に手を入れ何かを取り出す。


「お持ちした品でございます」


扉から返答がない代わりにドアノブが変形し、隊長の手から小包を受け取る。


「この力、この波動、そして紋様に絵……〈神呼びの香〉か」

「左様でございます」


小さな木製の箱には天使が二柱描かれており、絶え間なく天使たちが動き回っている。禍々しく、またそれは同時に神秘的でもあった。


「誰がこれを儂に……大方、予想はつくがな」

「ご想像にお任せ致します」


沈黙。


「では、我々はこれで失礼致します。長居は禁物と命じられておりますので」


腸が煮えくり返っている部下たちを引き連れ、隊長が去ろうとした時、扉の解錠する音が聞こえる。


「そう、焦るではない。お主らには褒美をやろう」


振り返ると、そこには鬼がいた。

人の形に似せた、鬼だ。

いや、悪魔と形容した方が正確だろうか。

異形の存在であることは間違いない。


「我々は雇い主から正規の報酬を貰っている。それ以外を……なに、なにをした」


老人が小脇に抱えていた、精巧な銀細工が施された杖を軽く一振りしたのだ。

確かに杖は隊長の数メートル前の空を切ったはずであったが、彼の部下の一人が胴を両断され、上半身と下半身が左右に分かれて床に落ちる。


「ここを知っている者は少ないほうが良い……」

「我々は雇用者との契約に従い守秘義務を……ッ!」


またも老人が杖を振ると、もう一人の部下も首から上を失いながら絶命する。


「家族に言い残すことはあるか」


最後の慈悲と言わんばかりに、ニンマリと嗤っている老人が隊長に問う。


「下衆め」

「何が悪いというのじゃ」


ズルリ、視界が左右で分かれる。

縦に両断された隊長は、最後まで何が起きたかを悟らずに血溜まりへと突っ伏した。


「〈神呼びの香〉。そうかそうか、遂に始まるのじゃな宴が……ふっふっふ……ハッハッハ!」


恍惚とした表情で高笑いを上げている老人は既に、床に倒れ込んでいる三人のことなど忘れていた。

処刑場に響き渡る嗤い声が反響し、まるで死んだ男たちの呻きかの如く、辺り一帯に木霊した。

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