《駆け出しの半亜人》:戦闘

 冒険者の死因で最も高いのはモンスターによるものだ。

だが、広大な地帯で迷子になることが間接的な理由となっている。


 豪華な宮殿地帯にある狩場げティル・ベイリーが着いたのは、既に正午を少し過ぎてからであった。

別に遊んでいたわけではない。

いつもどおり、マグノ・ヴィアから少し外れた通りで昼食を買い、いざ地帯へ入ったティルであったが、いつも使っている狩場が混んでいたため、少しレベルの高いエリアに移動して来たのであった。


しかし、これが大きな間違いだった。

一般的な地帯の攻略法はまずパーティーを編成し、中でも歴の長い先達に教えてもらいながら地帯を少しずつ進んでいく。だが、ティルはパーティーはおろかギルドにすら加入していないフリーの冒険者である。当然、エリアへの行き方など分かるはずもなく、なんとなく人の流れに沿って歩き回り、目的エリアに着いた時には既に疲労困憊状態だった。


「し、死ぬかと思った」


時折聞こえるモンスターの唸り声や茂みが立てる音に三時間小も怯えながら歩いていたのだ、手足は震え冷や汗が背中を伝っていく。

生きた心地がしないとはまさにこのことだろう。


「ここはなら多少は安全そうだし」


周囲に十分な数の冒険者がいることを入念に確認し、ティルは木陰に腰を降ろす。

使い古されたバックにしまってあるサンドウィッチを取り出し、汚れた手を気にすること無く大口を開けてかぶりつく。

戦闘ではカロリーを大幅に消費するため、昼食が唯一のタンパク質となる肉が入っているのを常に選んでいる。


「おいし」


野菜の食感に溢れ出る肉汁。ご馳走だ。

ものの数十秒でティルの手から消えたサンドウィッチを惜しみつつ、指先についた肉汁を舐める。手も綺麗になり無駄もない、一石二鳥だ。

一つでは到底物足りないが、ここは我慢するしかない。


「疲れたし、もう少しだけ休憩してから」


木にもたれ掛かり、深い息を吐いて体力回復に専念する。

火照った身体が少しずつ冷えていき、心地よさと睡魔が押し寄せる。

しかし、眠ることはできない。寝てしまえば、どんなに周りに冒険者がいたとしても、命は無いだろう。


何か暇つぶしできるものはないかと、ティルが辺りを見回すと、【トルトル】と対峙している三人の冒険者が目に止まった。

駆け出し殺しの【トルトル】と呼ばれるのは、【トルトル】が低レベル帯では珍しい飛行モンスターだからだ。

攻撃力自体は少なく、両翼と足にある鉤爪またはクチバシを使ってしつこい攻撃を繰り出す。身の危険を感じるとすぐに空へ逃げてしまう厄介さも兼ね備えている。速度が遅いため回避行動自体は簡単なのだが、駆け出しはこれができない。


及び腰になり、本来の力を発揮できずに鉤爪の餌食となり、腕や肩に傷を負い、泣きながら逃げ帰るというのがオチだ。ティルも最初は例外に漏れず、シエラに笑われながら治療してもらった記憶が新しい。

一人の棍棒を持った戦士らしき冒険者が飛んできた【トルトル】を地面に叩き落とした。


―――あの人たち、連携が上手だな。


すると直様、直剣を握っている男女の冒険者が【トルトル】の頭と胸に剣を突き刺した。脳と心臓を貫かれた【トルトル】は最後の悲鳴を上げ、事切れた。


「パーティーって、なんだか羨ましい」


三人だったからこそ、あの動きができるのだ。

ティルのように一人だと、落として避けて止めを刺す、これをミスなくこなす必要がある。

もし、しっかりと止めを刺せなければ、暴れまわる【トルトル】から逃げ回る羽目になるため、毎瞬が緊張の連続である。

モンスターの解体作業に入った三人組冒険者から目を背け、豪華な宮殿という名前の由来となった宮殿に目を向ける。

要塞都市かそれより大きな宮殿。

薔薇の垣根に囲われた宮殿の中庭には小川が流れており、中には川魚もといモンスターがいるらしい。


更に奥まで進んでいくと、天井がドーム状になっているお茶会用の場所や屋外で舞踏会を開けるような広場があるらしい。無論、そこにも宮殿衛兵といわれる手強いモンスターがいるため、並の冒険者では近づくことすら許されない。

そして宮殿の壁面にはガラス張りの窓が数え切れないほどあり、その部屋一つ一つに強力なモンスターがいるとシエラから教えられた。

また、謁見室と呼ばれている宮殿の最奥で一ヶ月に一度、地帯主『愚者の君主』が復活し、地帯を活性化させるらしい。

地帯主の討伐など小規模ギルドにとっては夢のまた夢。

中堅ギルドが手を組み、入念な準備をして決戦に臨んだとしても、勝利することは限りなく不可能に近い。

通常は大手ギルドがパーティーを数十と編成し、十分な安全マージンを取った上でようやく討伐に踏み出すのだ。

だが、ティルが聞いた噂では頂点に立つ冒険者たちが、たった数人で地帯主を攻略した冒険者が過去にあるらしいのが、眉唾ものだろう。


「そろそろ、行かなくちゃ」


思考の沼に浸りかけていた意識を無理矢理引き戻し、ティルは己の剣を掴むと生きるために狩りへと向かう。


***


 まず、見つけたのは【メヒモス】。

よく見る甲虫に似ている外殻に二本の角、六つある足を必死に動かして地を歩き回っている。翅はあるものの、身体が大きくなりすぎて飛べないらしく、哀れなモンスターである。だが、突進してくる体重五キロほどの昆虫を正面から受けることは駆け出し冒険者には難しく、倒しにくいが倒しやすい、という矛盾が発生している。


「せいっ!」


昆虫特有の鋭利なツメの生えている前足を切り落とし、機動性を奪った後に頭部を押さえつける。すぐさま、外殻の隙間に剣を突き立てたると前へ後ろへとぐりぐり動かすのがセオリーだ。

程なくして事切れた【メヒモス】を裏返し、柔らかい腹部を切り裂いてコアを取り出す。血が噴き出てティルの服を汚し、内臓の気持ち悪い感触が手に残る。

コアを失った【メヒモス】は体が砂のように溶けてしまった。


「まずは一体目」


小指の爪ほどの魔晶石をボタン付きの胸ポケットに入れておく。

このサイズでは百ディネロにもならない、一日最低でも三〇〇〇ディネロは稼がないと装備の整備費や食費、また月末にある冒険者登録料が支払えなくなってしまう。

硬い外殻に弾かれ痺れていた腕に力を入れ再び、剣を握った。


ソロであるティルがまず気をつけなくてはならないのが、他パーティーの邪魔をしないことだ。初級冒険者は数も多く、モンスターの取り合いが頻発している。それに巻き込まれるのは面倒なため、ティルは気を配りながら狩りをしている。

そして、モンスターを見つけた後は小賢しい冒険者に奪われないように、可能な限り素早く狩る。過去に何度か横取りされた経験があるが、楽しいものではない。

もちろん、討伐したモンスターの魔晶石を奪うのはご法度で、奪った冒険者は最悪の場合、都市追放という厳罰がくだされる。

リスクに見合わない行為をする愚か者はいないと思われているが、初級冒険者の中では躊躇ためらいを知らない者にいる。


「あれにしよう」


他の冒険者がいない所に丁度、木の樹液を吸っている【メヒモス】を発見する。

食事に夢中になっているのか、ティルが接近しても気づく様子は全く無い。

あの巨体に樹液を吸われては木もたまらないだろう。


「〈シャープネス〉、〈エンダランス〉」


剣が刃こぼれしないように耐久力を上げ、硬い外殻でも刺し通せるように鋭利の魔法を付与する。基本的な魔法の一つだ。

薄っすらと輝いている刀身を見て魔法の効果を確認したティルは、背後から【メヒモス】に襲いかかった。


頭部をこまめに動かしながら蜜を吸っているため、正確に殻の間を刺し通すことは出来ない。

そのため、ティルはセオリー通りに足を切り落とした。

突然の痛みによって食事の時間を邪魔された【メヒモス】は怒り狂い、目を警戒色である赤に染め上げて二撃目を叩き込もうとしていたティルから距離を取る。

理性はないものの、回避行動を取った【メヒモス】にティルは驚愕する。


「亜種……」


極稀にモンスターには亜種と呼ばれる変異体が生まれることがある。

【メヒモス】は知能のないモンスターの代表格だ。攻撃を避けることはなく、愚直に突進を繰り返すのを習性としている。

亜種モンスターには属性の変化、水中での呼吸、透明化などといった強力な変異体が生まれる場合もあり組合からもよく注意喚起されている。


しかし、亜種という概念を知っているだけで、それらの知識を持ち合わせていないティルは焦りを覚えていた。

機械的に刈り取っていた対象が突如としてティルの命を脅かす存在へとなった。


「観察しろ」


汗が滲んだ手を素早く服で拭き取り、再度、剣を握り直す。

【メヒモス】は何かを待っているのか、はたまた怯えているのかは分からないが突進してくる様子は一切ない。

その様子にティルは更に焦りを覚える。


―――もう駆け出しの頃とは違うんだ。経験も力もある


耳の奥から聞こえる心臓の激しい鼓動、首筋を伝う汗、狭まっている視界、荒い呼吸が身体を燃え上がらせる。

今までにない高揚感が波のように押し寄せてくると、剣を握る腕に力が入り、踏み出す足は巨人のようで、時間が止まっているかのようだ。

ティルが一歩前進、すると【メヒモス】は一歩後退する。


突然、【メヒモス】ははねを大きく広げて三度羽ばたく。

唐突な出来事に驚愕したティルは思わず、半歩下がってしまう。


「うわっ!」


それを好機と捉えたメヒモスの突進をすんでの所で回避はしたものの、植え付けられた恐怖はティルの心を掌握しかけていた。

恐怖を嗅ぎ取ってモンスターは樹液よりも大量の栄養に涎を垂らしながら飛び込む。


「(フィジカル・ライズ)!」


絶叫がティルの喉から迸る

ティルが隠している切り札。身体能力をほんの僅かな時間上昇させる魔法だ。

骨が軋み、肉が割ける。だが、代償を支払って得たのは強大な力だ。

筋力、精神力、判断力。

自分だけが加速する世界の中でティルは飛びかかってきた【メヒモス】との間合いを瞬時に詰めて肉薄した。


「はぁぁぁぁあぁぁああああああッ!!」


右上段から左下段へ一閃。

愚かにも再度、突進してきた【メヒモス】は切られた所から分裂し、地へと落ちた。

土埃が舞き上がる中、ティルはモンスターが動かなくなるまでその首筋に剣を突き刺し、血と埃で鬼のような形相になった顔に笑みを浮かべた。


「よっしゃぁ......」


耳の奥でごぼごぼという音が聞こえた。


「休むか」


魔晶石を回収するとティルは太陽で温められた地面に倒れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る