2魂目

「閻魔となった身でも、この身体は確かに人間のもの。閻魔の任を全うするためだけに、僅かな時間甦らされた脆弱なこれと魂に刻まれた記憶が、完全に消え去ることはない。」


「はい。あくまでも、蓋を閉じ鍵をかけただけのようなもの。きっかけさえあれば、その蓋にかけられていた鍵は開く。それが、閻魔の最期。情を思い出した脆弱な人間へと完全に戻り、本来行くべきところへと送り出されるのです」



数々の魂を送り出してきた閻魔が、送り出される側へと変わる瞬間。



「そのきっかけは?」


「告げることは出来ません。規則ですから」



もし、その時が来たら。

その時にお告げします。


赤い鬼はそう言ったきり、口を閉ざしてしまう。


わかっていた。

この鬼が教えてくれないことくらい。

いいや、他の鬼でもきっと。


何故、教えられないのか。

その理由だけ、閻魔になったばかりの頃に教えてもらったことがある。


大昔、当時の閻魔だった者が、先程の私と同じことを聞いたことがあったそうだ。


『閻魔の終わりとなるそのきっかけ』とはなんなのか。と。


その問いに、傍仕えだった鬼が応えると

そのきっかけとなるものが、予定よりも早く起こってしまったというのだ。


言葉は言霊。

思いが強い言葉ほど、安易に口に出してはならない。

それが、このような場所にいる者なら尚更に。


この出来事以降、閻魔となる者にはきっかけの内容は明かされない。



「知らなくても、いずれわかり日が来ます。

 誰が教えるでもない、閻魔様の奥深くに眠る、人間だったころの心が」


「そう。でも、特に興味ないわね」



だって、何も覚えていないのだから。


人間だった頃の心が教えてくれると言うなら

きっとそのきっかけとは、昔の自分に関係があるのだろう。


だけど、過去を忘れてしまっている今の私が、昔のことを考えるなど、到底無理な話だ。


だから、興味は湧かない。

恋しさとか、切なさだってありはしない。


過去を忘れるということ。

未来が見えないということ。


それは、感情がない事に繋がっていくのだ。



「今は、それでいいのです」



それが、今在るべき貴女の姿なのだから。


そう、赤い鬼が呟く。


今の私が、この世界に望まれた姿。

善と悪の平等な位置に立ち、死者の魂に正しい道を指し示す。



閻魔という、姿。

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