第3話 2日目:魔法の修行

 1日目は王女様を床に座らせてひたすら瞑想するという謎の時間を過ごしたわけだが……。

 わかったことは、意外と喋るということ。そうは言ってもポツポツと一言二言話すと、しばらく沈黙してしまうが。


 そして、王女様ことルミナスは、魔法に興味があるらしい。口には出していないが……いや、表情にも出ないが、何処か前のめりな雰囲気がある。

 多分、魔法の適性を持っているのに、それを行使することができなかった故にフラストレーションが溜まっているのだろうと思っている。確か、呪いを解くために魔法のスペシャリストを呼んだって聞いたんだが……呪いはどちらかと言うと、東方か北方の分野だからな。詳しくないのも仕方ないか。

 とりあえず、笑わせるために魔法を教えてると言えば、完璧にカモフラージュできるから一石二鳥というやつだな。何はともあれ楽で良いわ。


 なんてことを考えながら、比較的近くにあるルミナスの部屋に出向く。もう道はある程度把握したし、案内は遠慮した。

 それに、案内してほしいなどと言うと、ファミリアさんが来る気がするから勘弁してほしい。あの人仮にも妃だよな……?

 しかも、王は側室取ってないからたった一人の妃。暇じゃないと思うが……。



 豪華絢爛な扉を開く。相変わらず側だけ見れば目がチカチカして痛い。


「よっ」


 しかし、部屋の中はあまり物は少ない。ちょっとだけ落ち着く。

 目線を前方に向けると、昨日と変わらぬ椅子に物憂げに佇んでいる、銀髪碧眼の美少女……ルミナスは俺を見るなり頭を下げた。


「おはようございます、先生」


「おう。よっちゃんと呼んでも──」


「いえ、先生で」


 にべもなく断られる。まったく酷いぜ。

 ちなみに、昨日の夕べには俺の呼び方が先生になっていた。

 俺的には、よっちゃんと呼んでほしかったが、まあ、先生という呼び名も新鮮だから良しとしよう。

 だってよ、全員が堅苦しく『魔剣士様』とか、カタギリ様、とか仰々しいったらありゃしねぇ。

 フランクに。もっとフランクに行こうぜ!

 とは言っても国をあげて英雄視される立場だから、そんな願いが叶うとは思えないが。ちくせう。


「さて、じゃあまた魔法の修行といくか」


「はい。……あの瞑想は何時までやれば良いのでしょうか」


 少しだけ躊躇ってから聞かれる。うん、まあ、瞑想だけは飽きるよな。

 どうしようかと、しばし逡巡した後俺は安心しろ、と笑みを浮かべる。


「瞑想は基本すればするほど魔力が伸びる、が……まあ面倒だからな。瞑想と魔法の行使を交互にやっていこう」


「わかりました。では、お願いします」


「りょーかい」


 手を軽くあげてそれに応えると、ルミナスが何故かホッと小さく嘆息した。

 俺は首を傾げつつも、まあ良いかとかぶりを振って、毎日のルーティンである瞑想を開始した。


「まずは、一時間瞑想な。前みたいに椅子から落ちるなよー」


「わかりました。それと……昨日さくじつは申し訳ありませんでした」


「いやいや、気にすんなって!」


 腰を折ってかなり本格的な謝罪をしたルミナスに、俺は語気を強めに遠慮する。

 本当になぁ……真面目すぎるな……。それに、一国の王女にしては腰が低すぎる……。まァ、環境がそうさせたのか、生来の性格なのかは知る由はないが、人生損しそうだな。


 おっと、雑念が。瞑想中は心を無にするのが基本だ。

 冷たい床で座禅を組ながら、思慮に耽る。

 どのみち、すぐに解決する問題ではない、と俺は一切の感情を消してひたすら瞑想に励んだ。




☆☆☆



「さて。元々魔力量はあったわけだし、今日から早速魔法訓練に入っていこう。これから、質問がある場合は手を上げるように!」


 『ヤマト』で教えを請いた先生の真似をする。

 偉そうな態度で、右手の人差し指をピンっと立てるのがポイントだ。鼻につく態度でかなり苛立った思い出があるが、腕は良いから文句は言えなかった。


「はい」


 ビシッと直角に手を上げるルミナス。何だかんだノリの良い王女である。


「はい、そこのお嬢さん!」


 え? と首を傾げるルミナス。前言撤回。全然ノリが伝わらない王女である。

 とりあえず質問を促すと、いつも通り少しの間を取って言った。


「……充分に魔力があるなら、何故すぐに発動の練習をしないのでしょうか」


 つまり、簡単に言うとさっさと魔法を使いたいということかな。いや、単純な疑問か。

 まあ、これは実に簡単な話だ。


「例えばだな。長年運動してなかった奴が、いきなり激しい動きをしたらどうなると思う?」


「体が壊れる……?」


「そうだ。それと同じで魔力もいきなり使うと、暴走して……ポンッて弾けちゃうんだよ。ポンッてな」


 グーからパーに手を変えて、爆発をイメージしたジェスチャーをすると、特にそれには触れずに、なるほど、と頷いた。くそぉ、洒落の効かない奴め。


 ま、この例えは本当の話で、魔力は筋肉みたいなもので、瞑想……準備運動のようなことをしなければ、ぶっ壊れて暴発する。

 とは言っても実は、それに当てはまるのは魔力量が多い人限定なのだが、ルミナスに関しては溜まり溜まった魔力があるからな。王宮が吹き飛ぶとかマジである。

 俺は無傷で済むけど、他の人たちはそうもいかないからな……。


「じゃ、わかったところで早速やっていこう」


「はい」


 心なしか前のめりに体を傾けたルミナスに、俺は要領をまとめて説明していく。


「魔法はイメージ。発動した後の魔法を想像することで、その威力を高める」


 と、言うとルミナスは元々知っていたのか微かに頷くばかりだ。

 それを俺は覆す。


「と言うのは一般常識の話で、実はこの方法は間違っている」


「……え」


 碧の目に驚きの表情を見せたルミナス。やっと、本格的に表情を変えたな、と少しばかりの達成感に浸りながら、ニッと笑う。


「この想像法はめっちゃくちゃ効率が悪い!! まず、その魔法を知らないとイメージのしようがないし、ショボい人の魔法を見た後に想像して使っても、ショボい魔法しか出ない」


「ではどうすれば……。本ではそのようなことは書いてありませんでした」


「俺が独自に編み出した方法だからな」


 『ヤマト』にいた頃、先生を驚かせたくて考えて、考えて、考えた結果、編み出した方法がある。


「『古代ルーン文字』を使う」


「二千年前の魔術文明の遺産ですか……?」


「その通りだ。よく、勉強してるな」


「ですが、王都の学者も解き明かせていないと」


「俺が解読した。意外に簡単だったぞ」


 ポカーンと無表情のまま口を開けるルミナスに、俺はくつくつと笑う。

 なんだ、面白い表情もするじゃねぇか。

 したり顔のまま俺は空中に青く輝く奇っ怪な文字を映す。


「『ライト』」


 瞬間、カッ! と目映い閃光が部屋を包む込む。

 目を伏せたルミナスが眩しさに目を細めた。


「これがルーン文字最弱の魔法だ。これでも、相当魔力を抑えたからな?」


「これで……」


「それが力だ」


 驚くルミナスに俺は言葉を畳み掛ける。

 ルミナスの心の根底にある望みに触れるために。


「さあ、お前が踏み込むのは『化け物』の領域だ。常識を捨てろ。無知で無垢な王女様に戻りたいなら、今止めることが賢明だぞ?」


 安い挑発だ。だけども、確かな覚悟の証明が欲しかった。

 まあ、答えは分かりきっているが。

 何せ──暗く希望を映さない碧の双眸が光輝いているのだから。


「はい……お願いします。私にルーン文字を。『化け物』のなり方を教えてください」


 予想通り。いや、期待通りの言葉に俺は溢れんばかりの覇気を身に纏い、この時だけは『魔剣士』としてのプライドを胸に言った。




「任せろ」

 





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