13 赤

 リストカットの何が面白いんだろう。

 数年前まではトキコはそう思う側の人間だった。痛みは好きじゃないし、身体に傷が残るのも怖い。


 きっかけは偶然、肘を剃刀カミソリで切った事。一筋、血が流れた。


 血のあか。赤。紅。


 それそのものにそそられた訳ではなく、赤が肌理きめに滲み馴染んでいく様子が異様に綺麗だった。

 だらだら零れる赤ではなく、じわりじわりとじれったくいつまでも肌に拡がっていく赤が、それまでの価値観を塗り替えた。




 遊びに来たついでで、トキコが時間をかけてリストカットを楽しむのを横目に、タイヨウは退屈そうにした。

 でも「見て。お願い、見てて」と頼むと見ていてくれた。


 タイヨウの家の風呂場で身体を折り曲げて、足の裏を薄く切る。

 足の裏や肘や膝なんかの皴が寄った場所に滲む血が好きだが、肘は腕を曲げるのが疲れるので、もっぱら脚だ。


「……痛い?」と訊かれた。

 タイヨウの声には若干不審げな響きが含まれていた。


「うん。興奮する」とトキコは、タイヨウの反応をわざと茶化して答える。


 別に痛みは今でも好きにはなれないけど。赤が好きだ。


 タイヨウに足の裏の傷口を強く押さえつけられた。じんと痛むが、止血してくれようとしているらしい。


 滲む赤がタイヨウの手に移る。手のひらの肌理を浮き上がらせる。


 タイヨウの顔が痛そうに歪んでいた。





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