寂しさをまとった穏やかさ

 おそらく舞台となっているのは、戦後開発の進む昭和の日本でしょう。この時代の特徴が節々に感じられ、汽車、立ち売り箱、節が鉱石ラジオを使っていたことなど入念に調べられたのか、それともその時代を経験されたのかは分かりませんが、ここまで時代を違和感なく克明に描ける技術が素晴らしいです。

 この物語に複数回浮き彫りにされているのは、人間の残酷さでしょうか。川の主の存在を知ることなくひき殺した車の持ち主、川の住人のことを考えもせず、自転車を投棄し汚す者、河原に子どもを捨てた者など、人間のむごい行為をあえて書いているようにも思います。

 それでいて穏やかさが消えないのは、登場人物たちが人間ではない存在でありながらそこで続けられていく純朴な交流があるからです。また人間の残酷さは登場人物らが旅の過程で経験していく出来事としては語られず、あくまで伝聞したことに留められ、登場人物たちが出会う人々は親切な人間ばかりであることによっても情愛が際立っています。

 しかし事態は何も解決していないのです。そこに考えれば考えるほど寂しさが湧き出ます。しかし穏やかさも残り続けています。だからこそこの物語に重層な空気感があるのです。そのため紹介文を「寂しさをまとった穏やかさ」としました。

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