第0話 K-side

 香具村かぐむらが閉じていた目を開けると、そこは電車の中だった。

 眠っていたらしい。それも、かなり深く。

「お客さん、お客さん!」

「……え?」

 終点だよ、と香具村は言われて、車外を見ると、蒲田とあった。

 体が前にずり落ちそうなくらい、意識をなくしていたらしい。

「どっからなの」と言われ、着ていたスーツのポケットを、上から両手で、ぱっ、ぱっ、と叩いてみる。うん。確か、カードやアプリじゃなく、切符を買ったようなことは覚えている。さんざんまさぐったあげく、左の胸ポケットに、切符があった。そこには「蒲田」と書いてった。「あ……?」と香具村は声を上げた。駅員が苦笑いをした。

 出て、出て、とうながされて、立ち上がり出ようとすると、「これ!」と呼ばれた。見ると、駅員が、棚を指差している。

 そこには大きな、例えるなら、A4サイズの書類がふたつ入りそうなくらい。つまり、A3ということである。持ってみると、まあ持てないほどではないが、重い。

 混乱しつつ、なんとなく自分の荷物ということは、わからないでもない。

 それを持って降りようとする。なんてかさばりようだ。


「しょうがねえな」

 声をかけてきた男がいた。

 どうみても男だが、近頃はいちがいにそうも言っていられない世の中になってきた。無精髭というか、年齢的にもはや死ぬまで残るようなというか、ヒゲがあるが、職業柄、香具村は男とか女とかいう先入観を一度捨てた。まずこの段ボール箱を捨てたいのだが。

「聴いてたより、隙がありそうじゃないか」

「誰?」と聞くと、答えた。


「今日から相棒だよ、相棒。」


 男、いや、そいつは駅から出るな、という。

「お前さんは、蒲田から乗って、行って戻って来たのさ。今出ると、いくら取られるか。わからないぞ。」

 切符が蒲田からでここが蒲田なんだから、これはいろいろ揉めそうだ。

「隣で降りよう」

 と言うので、隣の駅で降りた。改札はなんとか抜けた。

 香具山はなんとか記憶を辿ってみる。そう、仕事、探偵の仕事を一つ終えて、そこで大きな荷物ができてしまったのだ。それが蒲田だ。仕方がないのでそのまま電車に乗ったのだが、疲れてしまったのだ。

 

「ほら。バッグは、持ってやるよ。寄越せ。」

 駅の改札を出ると、男はすぐに煙草をくわえて、火をつけた。水色の珍しい銘柄。

「相棒なのに、重い方は持ってくれない…のか?のですか?」

 てか、誰なんだ。

「所長から頼まれてな。お前さんを、尾行させてもらってたのさ。」

 へえ、としか思えなかった。所長絡みなのか。

「しかし、お前さん、そんな荷物抱えてるのみてると、まるで少年、みたいだな。」

 にやにやもせず、無表情といえば無表情。長年の相棒、コンビ、バディに話しかけるような距離感を感じる表情で、言った。

 馬鹿にしてます?と言おうとしたが、奴は言った。

「でも変な安心感は、あるよな。雰囲気がある。探偵のさ、出しちゃいけない雰囲気って、あるじゃん。それが、ないんだ。それが探偵としての雰囲気ってやつだもんな。俺たちにしか、わからない空気だ。さすが、名探偵ってだけのことは、あるもんだ。」

 それは確かにこいつが同業だと評価できる評価だ。と香具村は思った。それは確かに必要なものなのだ。


 俺はここで待ってるから、それ、出してきな。そう言って、香具村はやつに置いてけぼりにされてしまった。

 香具村は近くにファミリーマートがあったから、そこに入った。宅配便の伝票を書いて、レジに出したらレジのおばさんが迷惑そうな顔をした。「ちょっとこれは、うちでは無理だねぇ」

「なんでですか」

「ここ、ちゃんと梱包がされてないと、受けられないんですよねえ」

 すると奥からもう一人出てきて、「ほら、駄目だよねぇ」「そうねえ」みたいなやりとりをされた。「閉じてないということですか。」「そう」「ではガムテープを貸していただけませんか?」と聞くと、嫌だと言う。香具村は悲しくなって、わかりましたと答えた。また荷物を両手で抱えて、店を出た。振り返ると、レジの一人がこちらを見ていた。思いっきり香具村は悲しい目を向けて去った。

 では別のコンビニにするしかないな、と思って歩きながらきょろきょろとコンビニを探すと、一番そこから近いコンビニが、やはりファミリーマートだった。

 そこへ向かって段ボール箱を抱えて歩いている途中。

「わあー」

 ぶちまけてしまった。

 ああ……。と嘆きながら、ものを拾い集める。悲しいなあ。と。

 集めたものを道ばたで、急ぎ箱に詰める。レベル高い状態のテトリスみたいだ。

「しょうがねえな」

 と、やつが、拾うのを手伝ってくれた。

「ありがとう」

 香具村は言った。さすがに近くにいることは気がついていた。お互いそれはそうだ。ふたりで急いで詰めたから、レベルが高いときのテトリスみたいにでこぼこになってしまった。こまごまとしたものがきちんとおさまっていたのに。さっきより段ボール箱のしまりが悪くなってしまったのだ。

「ほら。行ってこい」

 僕は次のファミリーマートに行ってさっき書いた伝票をレジに出した。レジの女が、言った。「これは預かれないですねえ、あのねえ、ちゃんとしてもらわないと。しまってないじゃないですか。おうちでちゃんと、テープとか、紐とかで、ちゃんと梱包してもらわないと。ガムテープ?売っておりますので。ほら、ぶちまけちゃったりしたら、たいへんでしょう?これを持ち込まれても、ねえ。ですよね?うんうん」




海百合うみゆり副所長!」

「な、何よ」

「衆議院議員総選挙の、期日前投票に行ってきます。」香具村は言った。公民権の行使である。

「な、何、別に、いいけどさ」

「あっはっはっは!」

 やつは海百合がいる事務所のソファに座って、大笑いしている。「なんだそれ、関係あんのか」と。

「やっぱお前さん、面白いな」

 く〜と香具村は零すべき涙をムダな1票に投ずる決意をしたのである。

「で、この人誰なんですか。何者なんですか。探偵ですか。資格持ってるんですか」


「ま、捲し立てないで。」

「探偵真消だ。よろしくな。相棒。」

「可哀想に。あれじゃないですか。たいへんな苦労の果てに作り出された悲しい人格とか」

「おい、お前さん、今なんて言った!」

「何てこと言うの。ちゃんと派遣された、探偵よ」

「派遣社員ですか?」

「ま、まあ、そうなるかな」

「で、でも、」

「これは、所長案件よ。」

「ああ……」


 私たちの中で言うS号案件である。

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