第6話 B-side

 それから数日が経った。依頼主の島田と少しメッセージでやりとりをして、依頼主に、調査のとっかかりを考えてくれ、という話をしたのである。探偵事務所だからといって、何もかもないところから調査を始めるわけでは、ないのだ。ある情報があるのであれば、積極的に出してもらわなければならない。

 死因の調査だとか、生前の様子はどうとかいうのであれば、親しい友人や同僚がいなかったかとか。


 業者が入った後の事務所に探偵ふたりはいた。

 香具村は最近、頭にディスプレイを着けて、おかしな動きばかりをしながら、うわあ、だの、おお!だの、おかしな声を挙げてばかりいる。ずっとこうなのだ。

「また、VRか。流行りのVR探偵か。」

 はっ、とか、うりゃあ、とか、言いながら手を振り下ろしたりしている。どうも最近はナイフで敵を倒す系の体験をしているらしい。

「今、牛を殺しているんです。そういう場面なんですよ。凄いですよ。等身大の牛やら、ゾンビやら。」

 馬鹿か、君は、と言いたいところではあるが、やめておいた。これも最近は、外からみた分には滑稽だが、馬鹿にしたものではないのだ。しかし、よくこんなことをしていて、給料を得ているものだと思う。香具村は探偵として生まれるべく生まれたようなもの、と言えるようなスキルを完全に持っているのである。才能だろう。才能を生かすことができる場を作るのもまた、才能だろう。

 体格が海百合よりずっと小柄なのが良い。尾行ひとつするのも、長身よりは小柄な方が都合が良い。

「VR探偵、聴こえてる?」

「聴こえています」

 自覚しているようだった。島田から来た連絡の内容を、香具村に話した。


「被害者の、職場の知り合いの女性を紹介すると」

 海百合はインスタントのコーヒーを飲みながら言った。「午後から、出向いてほしい」

「わかりました」

「ただ、気になるんだけど、あの依頼者……、肝心なところを隠している気はしてるんだ」

 うーんと軽く唸り、間を置いて香具山は言った。

 「なんでも依頼者って、そういうものじゃないですか。ほら、殺人で捕まる人とかも、本当はやってるかどうかなんて、きっと言わないんじゃないですか?」

「確かにそうだね。浮気を調べて欲しいっていう話だって、どこまで確信を持っているのかわからないような人もいる」

「いちばん問題なのは、肝心な部分がどこなのかを、こちらが突き止めなきゃいけないケースなんですけどね・・・」

「論点の問題だね」



 香具村が会った女は、文学少女然とした女性だった。名刺を見ると、彩華とあった。

「会計士の方ではないのですか?」

「私ですか? 違います。ぜんぜん」

 所属は支援員、ロゴに団体名が記されていた。

「福祉関連の方ですか?」

「はい」

 メッセージアプリのIDは、ある詩人の名前をもじったものだった。


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