第10話

 突然の出来事に面を食らったが、すぐに平静を取り戻し情報を確認する。



 どうやら【ミコト】という名のプレイヤーが【サジェスト商品】というものを送ってきたらしい。



「ドロン、サジェスト商品ってなんだ?」


「忘れたニワ」


「そうかそうか、忘れたのなら……思い出させてやる、よっ!!」



 ――バゴンッ――



 突如として、岩が砕けるような破砕音が工房全体に響き渡る。



 その音の正体がなんなのかといえば、収納していた石材を取り出し、俺が素手で握りつぶした音だったりする。



 石材を粉砕したあと、その手をワキワキとさせながらドロンに近づけていく。まるで“次はお前の番だ”と言わんばかりに。



「わー、わー、お、思い出したニワ! 思い出したニワよご主人!!」


「ほーそうか、思い出したか。それは良かった。もし、思い出さなかったときは、さっき砕いた石材と同じ思いができたんだがな。……残念だ」


「……誰もそんな思いしたくないニワ(ボソッ)」



 俺の言葉にドロンが何事かボソボソ言っていたが、どうせ下らん事だと結論付けサジェスト商品についての説明を促す。



 ドロンの説明によると、生産職と戦闘職の両プレイヤーは特定の条件を満たすことで【納品ボックス】というものを入手できる。それぞれ条件が異なるものの、チュートリアルをこなしていく過程て入手することができ、主にアイテムの売却に使用される。



 納品ボックスを使用することで、特定のプレイヤー個人に向けてアイテムを取引することができるようになるのだが、指定方法は直接プレイヤーの名前を指定する方法とランダムに指定する方法の二つが存在する。



 そして、販売価格は売却額の十倍とショップと同じ対比となっており、金額の指定はできない。



 今回の場合【モンスターの毛皮】や【モンスターの牙】等々、フィールドに生息するモンスターから入手できる素材が主なラインナップらしい。



「モンスターの毛皮が三十個で6000マニーに、牙が二十個で3500マニーか……以外に高いな」



 他にも【モンスターの魔石】や【スライムゼリー】などといった特定のモンスター由来の素材も存在しており、是非とも入手しておきたいものばかりだ。



 現在の所持金は、工房を購入した残金の20000マニーが手元にあるが、サジェスト商品すべてを購入するためにはあと15000マニーほどが不足している。



 幸いサジェスト商品は、表示されてから消えるまでゲーム時間で三日ほどの猶予があり、その猶予時間の経過もログインしている間という限定条件が付く。



 仮にログインしていない時にサジェスト商品が出されたとしても、本人がログインするまでは猶予時間も進まないとのことだ。



 ちなみにサジェスト商品が出されてから現実時間で一週間が経過すると、ショップの方へ流れてしまうので注意が必要とのことだ。



「ふむ、とりあえずこちらもミコトというプレイヤーに指名でアイテムを出しておくか」



 更に詳しく調べてみると、どうやらこちらの名前を指定してアイテムを納品してきているため、送り先が俺だと知っての行為だと理解できた。



 貰ってばっかりも悪いため、こちらも品質が最低だが現時点で最高であろう材質である鉄を使った【鉄の剣】を納品ボックスで出しておいた。



 といっても、プロダクトで作ったお試し品みたいなものなので、在庫処分みたいな感じがしたのだが、使われない武器程意味のないものはないと考え、納品しておく。



 売却額は500マニーだったので、販売額は5000マニーと高額だが、それなりの武器だと思うので、そこは許容して欲しい。



「うし、ここからまたお金稼ぎのための生産を始めますかね」


「……金の亡者ニワ(ボソッ)」


「ほう、どうやらさっきの石材と同じ思いを味わいたいらしいな」


「わー、味わいたくないニワ!!」



 俺が手をワキワキしながらドロンに近づいて行くと、野生の勘で危機を感じ取ったらしく、逃げるように自分の持ち場へと戻っていった。



 まったく、なにが“金の亡者”だ。ほぼすべてのゲームに言えることだが、お金という概念が存在する以上お金を稼ぐことは必要な行為だ。



 俺のやっていることは、モンスターを倒してお金を稼ぎ、次の町で売られている新しい装備を購入してさらに強くなるというRPGではお約束のプレイスタイルだったりするのだ。



「全体攻撃ができる【ブーメラン】を手に入れると楽になるんだよなー」



 子供の頃にプレイした懐かしのゲームを思い出しながら、生産作業に没頭していく。



 作っては売り、売っては作りを繰り返すこと数時間、目標の15000マニーを稼ぐことに成功したので、ミコトのサジェスト商品を全て買い取った。



 ちなみにラインナップと販売金額は以下の通りである。





【モンスターの毛皮】: 個数 三十個 販売価格 6000マニー(一個当たりの単価:200マニー)



【モンスターの牙】: 個数 二十個 販売価格 3500マニー(一個当たりの単価:175マニー)



【モンスターの魔石】: 個数 十五個 販売価格 6750マニー(一個当たりの単価:450マニー)



【スライムゼリー】: 個数 三十個 販売価格 8100マニー(一個当たりの単価:270マニー)



【スライムの体液】: 個数 二十五個 販売価格 3750マニー(一個当たりの単価:150マニー)



【スライムの核】: 個数 三個 販売価格 6000マニー(一個当たりの単価:2000マニー)



【何かの種】: 個数 十個 販売価格 1000マニー(一個当たりの単価:100マニー)




「締めて、35100マニーなりと……工房よりも高いとか、どんだけだよ」



 あまりの金額に思わず口を突いて出た言葉だったが、生産職の俺では直接モンスターを倒して入手すること自体このゲームの仕様上不可能であるため、妥当な金額であると無理矢理に納得した。



 マニーを支払い終えると、俺の所持金はすっからかんになってしまったが、また生産で稼げばいいだけなので問題はない。



 今回のラインナップの中に【何かの種】というアイテムがあったので鑑定してみると、どうやら畑に植えることで様々な作物を収穫することができるらしい。



 さっそく手に入れた種を畑に植えるべく、工房から外に出て畑に向かう。するとちょうどドロンが畑で作業をしていたので、声を掛けるとなぜか怯えた様子で俺から距離を取り始めた。



「ご、ご主人っ、ボキに引導を渡しに来たニワか!?」


「なんでそうなるんだよ?」


「じゃあその右手はなんなんだニワ!」


「右手?」



 ドロンの言葉に自分の右手に視線を移すと、俺の右手がワキワキと動いていた。どうやら無意識にやっていたらしく、こちらとしてはドロンに指摘されて初めて気づいたほどだった。



 今までの俺の行動を見ている人間がいるならば、俺が他人を傷つけることを至上の悦びとしている特殊性癖者に見えているかもしれないので敢えて反論するが、俺は至って普通の男だ。



 相手に非があるからこそそれを直接的な行動で示したりはするが、なにもやっていない人間をただ悪戯に弄ぶようなことは断じてしない。そう、断じてだ。



「これは無意識にやってたものだから気にするな。それともやってほしいのか?」


「え、遠慮するニワ……」


「だろうな。そんなことよりも、サジェスト商品の中に種があったからこれを畑に植えてくれないか」



 俺が何もしないことを宣言すると、安心したようにドロンが警戒を解く。というか、ドロンも俺を一体何だと思っているのだろうか?



 とりあえず、他の施設に関してはすべてドロンに丸投げする形で任せることにして、再び失ったマニーを取り戻すべく工房での作業に戻った。



 自分の好きなことをしていると、時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気付いたら空が茜色に染まっていた。



 ――コンコン、コンコンコン――



 工房内から外の景色を見ていると、突然ノックの音が聞こえてくる。音の発生源に目を向けると、そこにいたのはドロンだった。



「ご、ご主人、素材の回収終わったニワ」


「……それはいいんだが、なんでそんなところから声を掛けてくるんだ?」



 ドロンがいることに疑問はないのだが、問題は奴がいた場所だ。今俺がいる場所は、工房入り口の奥にある鍛冶場であり、工房の入り口である扉から最も遠い場所にいる。



 だが、ドロンが工房の扉をノックしていることから、奴が声を掛けてきた位置は明らかに遠すぎるのだ。



 そのことに半ば訝しげな視線を向けていると、少し俯き加減にドロンはこう言った。



「だって、近づいたら殴られるニワ。だから、距離を取ってるニワ」


「俺を特殊な性癖を持ってる奴と一緒にするな!」


「……」



 一体こいつはなにを言っているのだろうか?



 今までの自分の奇行を棚に上げ、まるで俺だけに非があるような態度に半ば呆れた。



 言っておくが、俺は別に殴りたいから殴っているわけではない。相手の行動に非があり、殴られても仕方のないことをしているから、その行為に対しての制裁の意味も込めて殴っているだけに過ぎないのだ。



 俺の反論に疑わしい目を向けるドロンの態度が気に食わなかったが、ここで殴ってしまうと奴の疑いを確信のものに変えてしまうことを嫌った俺は、素材を渡すよう促した。



 どうやら素材自体の回収はしっかりとやっていたようで、かなりの数の素材が集まっていた。



 その中で気になったのは、畑から取れた食材だ。具体的には小麦・いちご・じゃがいも・にんじん・大根・キャベツ・レタス・たまねぎ・トマト・ハーブ類などなど様々な食材が揃っており、なかなかの収穫を見せていた。



「これだけあれば、いろんな料理ができそうだな」


「ご主人、もう夕方だけど時間大丈夫ニワか?」



 時間的に今日はここまでにした方がいいのではないかと意見するドロンの言葉はもっともだったが、せっかくこれだけ素材を手に入れたことだし、このまま料理をやってみることにした。



 工房内の鍛冶場とは反対方向に設置されている調理場に移動し、さっそく調理を開始する。



 料理に関しても生産の時と同じく、レシピを選択し食材を消費することで自動的に生み出す方法と、プレイヤー自身の手で直接作る方法の二通り存在するようだ。



 とりあえず、どんな感じなのか感触を確かめるため、素材を消費するだけの自動生成を試してみることにした。



「ホントに素材と交換するみたいな感じなんだな……」


「……」



 素材を消費して作ったのはパン・サラダ・サンドイッチといった軽い物がメインだった。他にもレシピが存在したが、一通りのことはわかったので次に直接調理してみようと思ったその時事件は起こった。



「あれ? ここにあった料理はどこいったんだ?」


「けっぷ、美味しかったニワ……」



 声のした方を見ると、そこにはお腹を膨らませたドロンがいた。さっきから大人しいと思っていたら、どうやら俺の料理を狙っていたらしい。



 ……お前、食事は必要なかったんじゃねぇのかよ?



「おい、ドロン」


「なにかな、ご主人」


「勝手に食ってんじゃねぇええええええ!!」


「ぶべらばっ」



 せっかく作った料理を許可なく食べてしまった事に憤慨した俺は、ドロンに渾身の右ストレートをプレゼントした。



 突然襲った衝撃に耐えきれずドロンが工房から吹き飛んでいく。幸か不幸か、ドロンがいた場所はちょうど工房の扉を背にした位置にいたため、工房の外に飛ばされる。そして、さらに不幸なことに工房の扉の先は砂地となっており、吹き飛ばされた先には鉄の巨石が鎮座している。



 前にもあったパターンだが、ドロンが吹き飛ばされた先には砂地があり、そこには当然の如く鉄の巨石があるため、以前と同じように鉄の巨石に突っ込む形になってしまった。



 そして、当たり前のように表示される“ハニワんずはピッケルではありません”という警告メッセージを見て笑うまでがセットである。



 しばらく動かなかったドロンが復活したあと、すぐに俺の所まで来て抗議の声を上げてきたが、俺の許可なく料理を食べた非は奴にあるので、それを指摘してやることで奴の抗議を一蹴してやった。



 人の物を勝手に盗ったらどうなるのかこれでドロンも一つ賢くなったことだろう。めでたし、めでたし。



 それから直接料理を作る方法も試してその日は休むことにした。



 ちなみに、直接料理した感想は現実世界の料理と同じだが、間違った手順を踏むと品質の低い美味しくない料理ができることがわかった。



 幸いなことに現実世界の俺は一人暮らしのため、料理は人並みにできる方だったので、品質が【普通】の普通に美味しい料理ができた。



 できた料理を味見する際、ドロンが物欲しそうな視線を向けていたが、お前はもう食ったんだからいいだろと言って食べさせてやらなかった。



 ドロンの嘆きが工房内に響き渡るのを聞き流しながら、次にどんなことをやろうかと考えることに意識を集中させるのであった。

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