21.君との恋の終わりなんて、見えなくてよかったのに。


 二学期に入ってからも、僕は七里さんに積極的に話しかけた。二人きりで三回も出かけているのだ。会話をすることくらいなんでもない。上手く話せているかどうかは別として。


 放課後に一緒に帰ったり、中間テストのための勉強を一緒にしたり、休日に遊びに行ったりした。


 球技大会では、今年も脩平と同じチームでバスケに出場した。結果は準決勝敗退で、脩平は悔しがっていたけれど、僕は七里さんに「見てたよ。格好良かった!」と言われて舞い上がっていた。


 七里さんも、さすがに僕の気持ちに気づいていたと思う。僕ももう、好意を隠そうとはしなかった。ここまできたら、もうどうにでもなればいい、という投げやりな気持ちもあった。


 避けられることもなかったし、嫌そうにしている様子もなかった。少なくとも、僕の前ではだけど。


「なんか、前よりいい感じじゃね?」


 という、脩平からのお墨付きももらった。


 数ヶ月前は想像すらしていなかった、キラキラした青春というやつを、僕はたしかに過ごしていた。


 外堀を埋めること、約三ヶ月半。


 秋の終わりを感じる十一月のある日。


 僕は放課後、七里さんを呼び出した。


 場所は、特別教室棟の四階、西の端。ルーフバルコニーのようになっている屋上庭園。


 僕たちが初めて会った場所だ。校内でかくれんぼをしていた七里さんを、倉庫の屋根に匿ったことを思い出す。


 大事な話がある。そんなメッセージを送った。それだけで、僕が告白をしようとしていることは伝わっただろう。それでいい。臆病で優柔不断な僕は、自ら退路を断つくらいがちょうどいいのだ。


 僕がそこに到着してから五分後。七里さんはやって来た。


 彼女も緊張しているのか、表情が少し硬くなっているのがわかる。


「……えっと、話って?」


 七里さんが、おそるおそる僕を見る。


 さっきまで深呼吸をしていたはずのに、まったくその効果が見られない。心臓が三倍速くらいで早送りされているみたいだった。


 嘘偽りのない、ありのままの気持ちを伝えようと、僕は口を開いた。


「七里さんのこと、ずっと前から……その、いいなって思ってました。もしよければ……僕と、付き合ってくれませんか?」


 七里さんに告白した。


 半年前の僕からは、絶対に想像もつかない大冒険だ。


 叶うはずがないと思っていた恋。


 ただそっと見ているだけの、失恋が決まりきっていた恋は、いつのまにか動き出していて――。


 気がつけば、こんなところまできていた。


 行動すらするつもりもなかった臆病な自分は、もうどこにもいない。


 勝算なんてなかった。


 けれど、心の端っこでは、きっと成功すると思っていた。


 確実に七里さんとの距離を縮めてきた。少なくとも、僕に対して好感は持ってくれているはずだ。まったく興味のない人間と、何度も二人きりで出かけたりはしないだろう。


 別のどこかでは、絶対に無理だと思っていた。


 僕はしょせん、なんの取り柄もない影の薄いクラスメイトだ。少し仲良くなったからといって、恋人としてアリかどうかはまた別の話。勘違いするのもいい加減にしろ。


 そのどちらなのかを確かめるために、僕は七里さんに気持ちを伝えて、交際を申し込んだ。


 十秒にも満たなかったはずの返事を待つ時間が、永遠にも感じられた。


「はい。私でよければ……よろしくお願いします」


 頭を下げていたせいで、七里さんがどんな表情をしているかわからなかった。


 けれどたしかに、それはOKの返事だった。僕の幻聴でなければ。……幻聴じゃないよね。


 ゆっくりと顔を上げると、頬を朱に染めて上目遣いで僕を見る彼女の姿があった。


 こうして、僕の初恋は実を結んだ。


 生きてきた中で一番嬉しかった。


 その嬉しさは、一瞬で霧散した。


 緊張が解けて、全身から力が抜けて、気が緩んでしまった僕の視界に映ったのは――。


「どうしたの?」


 僕の初めての恋人が、可愛らしく首をかしげる。


「……いや。ちょっと、嬉しすぎて、感情がついてこないだけ」


 頭が真っ白になる。


 自分の声が遠く聞こえる。


「ふはっ。橘田くんって面白いね」


「七里さんほどじゃないよ」


 どうにか自然に苦笑を浮かべながら、をもう一度見て――。


 僕は深く絶望していた。


 君との恋の終わりなんて、見えなくてよかったのに。

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