追放劇

 スードヴェス王国ではウオイタブと呼ばれる、陸上生活に特化した体高二百三十㎝程の鳥が移動手段として用いられている。

 この巨大な鳥は、空を飛べない代わりに非常に強力な脚力を有するようになった種の動物であった為、王国ではこのウオイタブを交通手段として調教し使用するケースが非常に多い。

 フロレスク伯爵御用達の商業ギルドに所属する行商を生業とする者達も、キャリッジを曳く相棒として重用していた。


 密偵がツァラヌ男爵の元に訪れ一週間程の期間が経過した。

 通常の業務内容で行商人は商売を続け、いつも通りにペス村へと入っていく、ウオイタブの発達した強靱な足先に付いている爪の音を響かせながら。


「ご苦労」

「ははっ、ツァラヌ男爵様、フロレスク伯爵様より文を預かっております」

 ツァラヌ男爵は来たかと、心中で思いながらもいつも通り文を受け取る。

「確かに預かった。

 商いの許可はいつも通り出そう」

「有り難う御座います」

「村の者が待っている、早速始めてくれ」

「ははっ、では失礼いたします」

 ツァラヌ男爵は一人になると、封蝋で封印されている封筒を丁寧に開く。

 そこには、前回ツァラヌ男爵が送ったマドカに関する報告に対する通達が書かれていた。

 密偵の報告通り、そこには追放処分の文字が描かれ、この文を開封し文書を確認次第実行する旨も記載されていた。

 行商が去り、静まりかえった執務室に一人いたツァラヌ男爵は、執務机の上に置かれているベルを手に取りそれを振り鳴らした。

 しばらくすると獣人のメイドが姿を現した。

「何で御座いましょう御館様」

「急ぎマドカ殿を呼んで参れ」

「畏まりました」

 奴隷商館でメイド教育を施された、美しい毛並みの犬型獣人のメイドは、楚々とした仕草で退出していく。


「どうしました?

 この程度の揺さぶりに翻弄されているようでは、実際に相手に攻撃を通す時にどうするのです」

 今マドカはツァラヌ男爵の子息、クラジョス・ツァラヌ男爵子息に稽古を付けていた。

 マドカが十数える間にクラジョス子息は拳立てを一回行いつつ、マドカより身体を揺さぶられていた。

「外からのストレスに抗おうとしすぎないことです。

 受け入れ流し活用しなさい。

 その為にはリラックスですよ」

 クラジョス子息はゆっくりと時間を掛けて行われる拳立てに、その両腕を震わせながらも果敢に対応しようとするが、力みが入ってしまいマドカによる揺さぶりにまるで対応出来ていなかった。

「クラジョスお坊ちゃま、マドカさま。

 鍛錬中申し訳ありません、御館様がマドカ様をお呼びで御座います」

 そんな折、ツァラヌ男爵に仕えるメイドが声を掛けた。

「解りましたノルタプ。

 クラジョス様、本日はここまでに致しましょう」

「はい、マドカ殿」

 マドカはメイド…ノルタプに連れられてツァラヌ男爵の元へと向かって行った。

 クラジョス子息は、マドカが先に見せてくれた自らが揺さぶりを掛けて行っていた拳立てと、自分が先程まで行っていた拳立ての何が違うのか、頭を悩ませていた。


「前日フロレスク伯爵に出した文の返答が来た。

 残念だが、マドカ殿は受け入れられないとのことだ」

 ツァラヌ男爵の執務室、一泊の間を置き演技を続ける男爵。

「また、フロレスク伯爵はマドカ殿の追放処分を通達してきた。

 この通達の実行を速やかに行うべしとのお達しだ」

「畏まりました。

 急ぎ村を離れます」

「うむ、旅の準備を整える猶予を与える。

 明日、朝日が昇るまでに村を出るように…、残念な結果だ」

「いえ、私の為に動いてくれたこと感謝いたします。

 では、失礼致します」

 茶番は終わった。

 これを観察していた密偵も動き出す。

 マドカを秘密裏に護衛しつつ彼の後を追いかけていった。


 マドカが男爵邸に用意された部屋で、魔法の鞄から出してあった荷物を再度鞄に詰めているとき、コンコンとドアを叩く音が響いた。

 マドカはそれに気付きドアを開けると、そこには可愛らしいインフォーマルドレスに身を包んだ愛くるしい子供がいた。

「マドカ様、そろそろお勉強の時間ですね」

 彼女はツァラヌ男爵の子女、リヴァロア・ツァラヌ男爵子女。

 マドカから算術の勉強を見て貰う時間になったので、マドカを迎えに来たところだ。

「リヴァロアお嬢様、急なことで申し訳ありませんが、私はこれよりこの村を出て行かなければなりません」

「あら、そうですの?

 では、明日改めてお伺い致しますね」

「いえ、もう此処には戻ってこないでしょう」

「えっ?」

 天真爛漫だった表情が一瞬でなりを潜め、困惑の表情が満ちた。

「何故ですか?」

「そのように、フロレスク伯爵様より通達があったからです」

「伯爵様から…」

「はい」

「待っていて下さい。

 お父様に確認してきます!」

 それを何も言わずに見送るマドカ。

 マドカが居た部屋から少し行った所から声が聞こえてきた。

「リヴァロア、走ってはなりません」

「はい、お母様申し訳ありません

 良いですか?淑女たるもの、どんなときも冷静でなければなりませんよ」

「はい…」

 いつもの溌剌らがなりを潜めてしまった返事は、何も母親に叱られているだけが理由ではない声が、悲しくマドカの耳に届いていた。

 リヴァロア子女が開け放った扉のところにツァラヌ男爵夫人が姿を見せた。

「お話しは聴きました。

 短い間でしたが、クラジョスとリヴァロアの事を見ていただき有り難う御座いました」

「いえ、私としましても、楽しい時間でした」

 二人の間に何とも言えぬ沈黙が存在した。

「リヴァロアお嬢様とクラジョス様には申し訳ありませんが、直ぐに立ちます」

「解りました。

 良い旅を…」

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