第36話 城門の戦い

 光輝が気付いた時、目の前にあったのは高校の職員室ではなかった。月が明るく照らす町並みと、遠くに見慣れない容姿の人々が歩いているのが見えた。


「ここが、魔界」

「そうだな。先生、魔族たちに見付からないように転移場所を考えてくれたみたいだ。この廃屋なら、魔族であっても近付かないだろうしな」


 光輝とトリーシヤが辿り着いたのは、魔王城の城下町だ。誰も住まなくなって久しいであろう空き家の扉と、向こう側とを繋いだらしい。

 つまり、華月を助け出したらここまで戻って来る必要があるのだ。

 光輝が魔王城の場所を探してきょろきょろしていると、トリーシヤは手のひらに一枚の羽根を乗せた。それに息を吹きかけて飛ばし、羽根は廃屋の屋根でくるくると回って舞い下りた。


「あれは?」

「あの羽根が、しるべになってくれる。もし城から出て何処に行くべきかわからなくなっても、魔族たちには見えないあの羽根が、オレたちを導いてくれるんだ」

「……なら、もしはぐれてもここで会えるな」

「最悪、の話だ」


 行くぞ。トリーシヤはそう言うと、迷う様子もなく歩き出す。

 光輝が慌てて彼を追うと、トリーシヤは「見ろよ」と前を見据えたままで口を開く。


「あのでっかい建物、あれが魔王の城だ。おそらく、オレたちが探す人物はあそこにいる」

「あそこに黒崎が……」


 2人の視線の先にあるのは、周囲の建物から飛び抜けて見える巨大な城だ。黒々と輝く壁面に、幾つもの窓が見える。周囲は城壁に囲まれ、他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。離れていても強大な魔力が集まっているのを感じ、光輝は武者震いする。


「びびってんのか?」

「まさか。……必ず、取り戻すと誓ったんだ。びびってる暇なんてないだろ」

「そう来なくちゃ。――正面突破する」

「了解」


 後数十メートルの場所に、魔物が守る城門が見える。鉄格子のような物々しい門を守るのは、それに負けない大きさの四つ足の獣だ。

 光輝とトリーシヤの足が、どんどん速くなる。路地を抜け、人通りのない大通りへと駆け、魔獣たちの前へと踊り出る。


『貴様ら、何者だ!?』

「お姫様を助けに来た、ヒーローだ!」


 トリーシヤは魔獣たちの問いにそう答えると、同時に人差し指を城門へ向けた。瞬時に魔力が上昇し、白い光が溢れ出す。

 ニヤリ、とトリーシヤが笑う。指から溢れ出した光に、魔獣たちが怯む様子を見せた。それが、彼らの意識のあった最後だ。


「――『雷撃の矢』、喰らえ!」


 ――ドッ


 衝撃音の後、もうもうと湧き上がる土煙の間を人影が2人分駆け抜ける。門番たる魔獣たちは気絶し、それぞれに倒れ伏していた。

 光輝は魔獣たちの横を通り抜け、トリーシヤを追いながら呟いた。


「凄いな、トリーシヤ」

「一発で決めたかったからな。だけど、派手にかましたツケがすぐに来るだろうよ」

「……だな」


 何処からか、ギャアギャアという耳障りな鳴き声が聞こえて来た。光輝とトリーシヤが立ち止まると、空からたくさんの鴉が降りて来た。鴉をけしかけるように、1羽の鷲が群れを見下ろしている。

 鷲は通常の倍以上の大きさがあり、威圧感を持っていた。そして、その群れを城壁の上から更に見下ろす1つの影。


「来たな。……カヅキの王子様?」

「――アズール」

「あいつがアズールか。黒崎さんを欠陥品扱いしたんだって?」


 険しい表情に変わりアズールを睨む光輝の隣で、トリーシヤが何処か余裕のある笑みを見せる。

 もう隠す必要もない、とトリーシヤの背中には天使の証である純白の翼があった。それをちらっと見て、アズールは眉間にしわを寄せた。


「この魔界に、勇者の息子だけでなく天使まで侵入を許したか。……全く、ヴェルシアは何を考えている。オレたちにこいつらの足止めを命じておいて」

「おい」


 苛々と足を鳴らしていたアズールは、ドスのきいた光輝の呼びかけに眉を上げた。


「何だ?」

「お前には、以前から訊こうと思っていたことがある。……俺の両親を殺したのは、お前なのか?」

「ふん。そのことか」


 アズールは嘲るように笑うと、城壁から跳び下りた。漆黒の翼を広げ、光輝の前に立つ。


「その答えが知りたければ、オレを倒してみろよ」

「やっぱり、そうなるよな。――トリーシヤ、先に行ってくれ」

「良いのか? オレの方が先に黒崎さんを見付けるかもしれないぞ」


 光輝を煽ろうと、トリーシヤがわざと言う。しかし、光輝は釣られない。


「それでも良い。あいつを救い出すことが先決だ。――頼む」

「わーたよ。……必ず、勝って追って来い」

「ああ」


 トリーシヤは、光輝の肩を叩くと進路妨害をしている鴉の群れを『雷撃の矢』で一掃して駆けて行った。彼の後を追う一群の鴉を見送り、光輝はアズールと再び向かい合う。

 剣を抜き、盾を仕舞った。アズール相手に、光輝は守りに入りたくなかったのだ。


「行くぞ、アズール」

「殺してやるよ、あの時と同じように」


 アズールの周りを、一匹の巨大な鷲が飛ぶ。炎を纏った猛禽を従え、自らも青白い炎を操りながらアズールは一歩前に出た。

 光輝はアズールの殺気を感じながらも、自らのために剣を振るった。自分が知らない真実を知るために。


 ☾☾☾


 城の一室に、大きな狼が入っていく。のそのそと動くそれを迎え入れたのは、ふくよかな容姿の少年だった。


「おいで、ロウ」

「グルル」


 カーテンを閉じ、暗がりの中で少年は狼を抱き締めた。

 姉のヴェイジアが共にいない時、少年はたった一人でこの部屋で引きこもる。外に出るのは、彼にとって恐怖なのだ。だから、普段はヴェルシアと2人でか1人で魔法の研究に精を出している。

 しかし、そんな少年の元にイレイストがオランジェリーと共に姿を見せた。


「エンディーヴァ、出るぞ」

「あれぇエンちゃん、今日は何の魔法を考えたの?」

「イレイスト兄上、オランジェリー……」


 おどおどと立ち上がるエンディーヴァの傍に立ち、ロウと呼ばれた狼が威嚇する。ロウにとってエンディーヴァが唯一の主であり、彼を怖がらせる者は全て敵と認識していた。

 それを見て、慌てたのはエンディーヴァだ。ロウの首にすがり、兄妹に襲い掛からないようにと自ら重しになる。


「ロウ、駄目だ」

「相変わらずだな、エンディーヴァ。……『器』を死守する。お前も戦えよ、エンディーヴァ」

「ははっ。エンディーヴァが動けなくても、デキる妹が倒してあげる。……魔界を汚す者は、誰であってもぶっ殺すよ」


 イレイストとオランジェリーが去り、エンディーヴァはその場にへたり込んだ。


「……ボクは、戦いたくなんてない。きっと、母様かあさまも」


 エンディーヴァが最後に会った時、母たる魔王は嘆いていた。一度愛してしまった男と、彼との子が生きる世界と対立することを望んでなどいなかったのだ。

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