第19話 魔の討伐

 翌日から、キョーガを師とする鍛練が本格的に始まった。鍛練とは名ばかりで、その真は魔界からこちらの世界へとやってくる魔のモノを討伐する実地訓練だ。

 最初こそ、キョーガの助けがなければ魔物1匹倒すことは出来なかった。しかし回数を重ねていくことにより、2人それぞれに動きのキレが良くなる。


「黒崎、そっちに行った!」

「わかった! ──黒龍、お願い!」


 光輝の言葉に頷くと、華月は襲いかかってくる巨大な狼のような魔物に魔法を放つ。召喚された黒龍は一声鳴くと、爪で切り裂こうとする狼の腹に頭突きを食らわせた。

 吹き飛ばされて外壁に叩きつけられ、狼は呻き声をあげて伸びてしまう。その心臓部に、光輝の剣が突き刺さった。

 勇者の剣とは名ばかりではなく、魔のモノを浄化する作用があるのだ。そのため、止めを刺すために急所を突かなければならない。


「──よし、動かないな」


 剣を引き抜き、光輝は血振りをするように剣を振った。切っ先が刺さって開いた傷口からは、血液の代わりに黒い靄が溢れ出す。

 その靄が消えた時、狼の姿は跡形もない。今まで倒してきた魔物も全て、倒せばかき消えてしまっていた。

 ふっと息をつき、光輝は振り返る。すると見守っていたキョーガが、軽く頷き微笑んでくれた。


「だいぶ板についてきたね、2人共。じゃあ明日の夜、卒業試験をしようかな」

「「卒業試験?」」

「そう。ぼくの手を借りることなく、明日の夜最初に出てきた魔物を狩ってみて欲しい。……勿論、君たち2人が倒せるレベルの魔物ならば、の話だけどね」


 もしも光輝と華月の能力を大幅に上回る力を持つ魔物が出現した場合、自分が必ず助太刀をする。キョーガはそれを約束して、2人に戦う力がついたか見定めたいと言った。


「正直、この辺りに現れる魔物は魔界の中でも弱い部類だ。それでも、何の力も持たない人間に太刀打ち出来るはずもない。……2人にはまずはこの町を、このとばり町に住む人々を守れる強さを身に付けて欲しいからね」

「あれで、弱いんですか?」

「うん、あれで弱いね」

「マジか」


 目を瞬かせ、光輝が天を仰ぐ。華月も頬を引くつかせたが、これも第1歩だと思い直した。

 魔物の狼1頭でさえ、2人でようやく倒すことが出来る。いつか対峙すべき魔王は、その何倍も上にある目標だ。目標を夢物語としないために、華月は俯くわけにはいかない。


「やろう、白田くん。まずは、1歩進まなくちゃ」

「黒崎……。うん、そうだな。立ち止まっていても、何処にも向かえない。俺たちに出来ることを、懸命にやるしか道はないよな」


 拳を握り締める華月に触発され、光輝も気持ちを切り替えた。まだ届かないのであれば、届くまで手を伸ばし続けるしかない。

 正直、光輝は複雑な心境だった。口には決して出さないが、あの時アズールの言った言葉が小さな刺となって突き刺さっている。


「オレに剣を向ける奴を見るなんて、何年……いや、何百年ぶりだ? しかも、なんてな」


 あの言葉の意味を、光輝はまだ知らない。だからこそ、アズールの妹だという華月に対する自分の気持ちがわからない。

 両親の仇の妹に、こんな感情を抱いて良いのか、と。


(黒崎はあいつとは違う。……きっと、大丈夫だ)


 華月とキョーガに知られないよう、密かに深呼吸をする。夜の澄んだ空気が、光輝のもやもやとした気持ちと混ざり合って薄めてくれる。

 それに、と光輝は思う。自分以上に華月の方が衝撃を受けているだろう、と。魔王の娘であると同時に、魔族の兄までいたのだから。しかも、彼に命を狙われている。


(黒崎は、普通の女の子だ。そして──だから、絶対に守る)


 未だ、自分が華月をどう思っているのかはわからない。それでも、大切な仲間であることは間違いない。

 光輝は魔物に傷つけられた手の甲の傷を舐め、血の味を飲み込んだ。


「白田くん、帰ろう?」

「ああ。明日も学校だからな」

「2人共、遅刻は許さないからね?」


 京一郎に戻ったキョーガが2人に釘を刺し、自宅まで眷属の蝶を同行させてくれた。キョーガの魔力をまとった蝶が傍にいれば、大抵の魔物は寄って来ないのだとか。

 華月と光輝は無事、少し遅い帰宅を家族に告げた。わずかにキョーガの魔力が干渉し、彼女らの家族は子どもが遅く帰宅しても違和感を覚えないようになっているのだが。



 華月は自室のベッドに寝転がり、ぼんやりと照明を消した天井を見た。目が慣れないうちに、ふと疑問が頭をもたげる。


「白田くんは、わたしがアズールの妹だってこと、どう思ったんだろう?」


 一度は大丈夫だと蓋をした不安が、去来する。自分のことを受け入れてくれていると思っていたが、華月の思い過ごしかもしれない。

 起きていると、どんどん不安が増えていく。振りきったはずの気持ちが揺らめいて、胸を締め付ける。


(明日、相談してみ……よ……)


 それでも眠気には勝てない。

 華月は気力体力を使い果たし、すっと眠りの世界に落ちていった。


 ☾☾☾


 翌日。華月は寝坊することなく教室に着いた。しばらくして、光輝も教室に入って来る。すぐにクラスメイトに捉まって話し始めたが。

 その様子を見て、華月は立ち上がりかけた椅子に座り直す。光輝に自分の兄と名乗るアズールに対して思うことを訊きたかったのだが、今晩に持ち越しになりそうだ。


「ちょっと相談したかったんだけどな……」

「その相談、私が受けてあげようか?」

「うわっ、歌子!? ……おはよう」

「おはよう、華月」


 にこっと微笑んだ歌子は、さあ話せと言わんばかりに机越しに華月に迫る。その迫力に気圧され、華月はすぐに白旗を揚げた。


「わかった、話す。だけど、ここはだめ。人目が多すぎる」

「じゃあ、いつも通り屋上だね。……あ」

「ん?」


 かくっと華月は首を傾げる。不思議そうな顔をする華月にニヤッとした笑みを見せ、歌子は椅子から立ち上がった。何処かに向かって手を挙げて振る。


「白田くん!」

「!? え、ちょ……歌子!」

「わわっ。──何するのよ」

「何するのよ、じゃないよ」


 ぐいっと腕を引っ張られ、歌子が不満げに唇を曲げた。その顔も可愛いなと思いつつ、華月はそっと耳打ちする。


「何で白田くんを呼ぶの!?」

「何でって、華月が白田くんのこと見てたから。がらみなのかと思って」

「それはそうだけど……」


 ひそひそと言い合っていた2人だが、頭上から聞こえた声にそれを止めた。


「呼んだ?」


 少し眉間を寄せ、何故呼ばれたのかわからないという顔をする光輝。少し仏頂面に見えるが、華月はそれが不機嫌と同義ではないと知っている。

 ここは自分から説明すべきだろう、と華月は声を上げかける。


「あ、あのっ」

「あのね、白田くん。お昼休み、誰かと食べる約束してる?」

「昼? いや、別にないが」

「じゃあ、わたしたちとお昼食べない? ……ちょっと、華月が話したいことがあるんだって」


 最後の付け足しだけ声を潜め、歌子が問う。

 全てを持っていかれてしまい、華月は口をぱくぱくと動かした後、俯いた。何となく、周りからの視線が痛い。


 歌子の提案に、光輝はふと華月に目をやった。それから、数秒考えて頷く。


「わかった。じゃあ、後でな」

「ありがとー」

「……あっ、ありがとう」

「おぅ」


 わずかに目を細め、光輝の表情が優しくなる。彼の背中側にいた大半のクラスメイトはそれを目撃しなかったが、窓側にいた数人の女子が黄色い声をあげる。

 女子たちの悲鳴を聞きながら、華月は嫌な予感がして仕方なかった。

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