第13話 黒龍の魔法

 アズールは標的を華月に切り換え、炎の弾を放つ。しかしそれは光輝によって斬り伏せられ、華月までは届かない。アズールから舌打ちが聞こえた。


「チッ」

「何故黒崎を狙う? こいつには戦う力がないんだぞ!」


 光輝が剣を構え直しながら叫ぶ。それに対し、アズールは眉間に深いしわを刻んだ。信じられない、という顔で華月を見据えた。


「は? だったらさっきの黒龍はなんだ? あれは間違いなく、魔王のみに与えられる魔法――『黒龍』に他ならない。何故、欠陥品の貴様が使える!」

「きゃっ」

「黒崎!」


 胸倉を掴まれ、華月は崩れず残った塀に背中を押し付けられた。光輝が救おうと剣撃を放つが、アズールは炎で壁を作ってそれを跳ね返す。その炎が輪を描き、今度は火の玉を発する。光輝は火の玉に行く手を阻まれた。

 火の玉に触れるとチリッと痛みが走る。幻ではなく本物の炎が光輝の肌を焼いた。思わず腕を引き、光輝は顔をしかめた。


「くっ」

「しろ、たく……ぐっ」

「黙れ、欠陥。オレが何故かと尋ねている。答えろ」

「う……」


 火傷を負った光輝に手を伸ばそうとした華月だが、それをアズールが許すはずもない。余計に強い力で首を絞められ、息も絶え絶えになる。

 アズールの絶え間ない罵詈雑言と手の力による痛み、二つの攻撃により華月の意識は途切れようとしていた。

 その時、急に肺に空気が入る。アズールがその場を跳び退いたのだ。


「かはっ。……ごほごほっ」

「大丈夫か。黒崎、白田」

「間、せんせい……?」


 呆然と見詰める光輝の視線の先で、華月の背をさする京一郎の姿があった。しかし彼の姿はいつもの教師のそれではなく、漆黒の瞳と翼を持つ異形の姿だ。

 涙目で京一郎の問いに頷いた華月も、彼の様子に目を丸くしている。


「間先生、その姿は……」

「その説明は後だ」


 ばっさりと教え子の質問を斬り、京一郎の目はアズールへと向かう。細くすがめられた彼の目に、アズールは戦慄を覚えた。

 どうして、とアズールの唇が動く。


「どうして、お前がこんな所にいる。――キョーガ」

「さて……どうしてだろうね?」

「はぐらかすな!」


 アズールは青白い炎を創り出し、京一郎に向かって乱れ撃つ。それら全てを軽い動作で躱した京一郎は、華月と光輝の居場所を確かめると、アズールと同じように聞き取れない言葉で何かを呟いた。


「―――っ」


 すると、京一郎の周囲を水の柱が駆け抜ける。何処からともなく現れた水流は、京一郎の意のままに動く。彼がスッと右腕を挙げると、その動きに応じて天へと昇る。更に方向を変え、アズールに向かって滝のように流れ落ちた。


「う……があっ!?」

「今のうちだ。逃げるよ、二人共」

「あ、はい」

「はいっ」


 京一郎に急かされ、華月と光輝は慌てて立ち上がった。そして彼に手を引かれ、その場を離れる。

 3人がその亜空間から逃げおおせるまで、水はアズールを拘束し続けた。


「あの、野郎。……いつから、人間界に来ていたんだ?」


 全身びしょ濡れのアズールが、自らの亜空間の中で呟く。勿論その回答を授ける誰かがいるはずもなく、自らの魔法で余計な水分を蒸発させた。

 一つ息をつき、気を取り直そうと魔界への扉を開ける。その時になって初めて、アズールは自分の背後に見知った気配が佇んでいることに気が付いた。


「いたのか、オランジェリー」

「ふふっ。今さっき、兄上がため息をついた時にお邪魔したのっ」


 オランジェリーと呼ばれた少女は、くすくすと笑いながらアズールの背に抱き付いた。アズールも困った顔をしながらも、それを拒むことはない。


 ☾☾☾


 華月が気が付くと、そこはあの亜空間ではなかった。排気ガスを吐く自動車が道路を往来し、人もまばらに歩いている。そんな中、バス停よりも校門に近い所に華月と光輝、そして京一郎が立っていた。


「ここっ」

「あの空間じゃない……」

「ああ。あいつの亜空間からは脱したよ、二人共」

「先生……」


 華月だけでなく光輝も気付いて、思わず周りを見渡す。京一郎はそんな2人を安心させようと微笑んでいたが、彼らに見詰められて肩をすくめた。

 京一郎の背中に漆黒の翼はなく、瞳も日本人によくある焦げ茶色のものに変わっている。不思議に思った華月は指摘するよりも早く、京一郎は踵を返した。


「……2人共、ついて来てくれ」

「「……」」


 華月と光輝は顔を見合わせ、それから京一郎を追った。彼らが向かったのは、高校の校舎の空き教室。

 西日の射し込む教室の教卓に寄りかかる京一郎は、2人の生徒を見て苦笑いをした。


「ぼくの正体、もうわかってるだろう?」


 京一郎が目を閉じると、水流が彼を包み込む。華月と光輝が気付いた時には、目の前にあの黒い翼と瞳を持つ魔族の男が立っていた。


「……ぼくの本当の名は、キョーガ。魔族にして、魔王第一の側近だった男だ」


 今は、しがない教師だけどね。そう言って、京一郎――キョーガは片目を瞑ってみせた。




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