第7話 親友だから言うんだよ

 中庭の事件が一世を風靡した日の昼休み。華月と歌子は前日の予定を変え、屋上でご飯を食べることにした。

 先生の許可さえ貰えば、屋上に出ることは難しくない。2メートルはある格子の壁がぐるりと屋上を囲んでおり、基本的な安全は確保されている。

 華月は京一郎から鍵を受け取り、歌子と共に春の陽射しで温まった屋上へと出た。ベンチなどはないが、2人は気にせずぺたりと座り込む。


「うーん、やっぱり気持ちいいね」

「風も適度だし、わたしたち以外が入ってくることもまずないから……内緒話には持って来いだよね?」


 きらり、と歌子の目が光った気がした。

 伸びをしていた華月は苦笑と共に姿勢を戻し、お弁当を広げる。それにならい、歌子も売店で買ってきたサンドイッチを取り出す。

 5分程は食事に専念し、歌子は2つ目のタマゴサンドを手にして口を開いた。


「それで? 昨日は何がどうなったの」

「……その前に、歌子に謝らなきゃいけないことがあるんだ」

「何かな? その様子だと、言いづらかったんだと思うけど」

「うん。笑わないで、聞いて欲しい」


 目を彷徨わせ、華月は意を決して歌子を真っ直ぐに見た。漆黒の瞳がわずかに揺れる。


「わたし、魔王の娘なんだって」

「…………魔王?」

「うん」

「魔王って、ファンタジー系の小説とかマンガとかゲームとかに出てくる敵の?」

「そう。その魔王」

「……」


 歌子は笑い飛ばそうとして、華月が「笑わないで」と言ったのを思い出し、思案顔になる。サンドイッチを数口で口に放り込むと、不安そうな華月に目を合わせた。

 深く呼吸して、親友の言葉を受け入れる。


「わかった。それじゃあ、華月のお母さんは魔王なのね。お父さんは?」

「お父さんは役場の職員で、普通の人だよ。……って、『わかった』の?」

「理解したとは違うけど、華月がそんな顔してるんだもん。嘘じゃないってことくらいはわかるよ。親友なんでしょ?」

「うん。ありがとう、歌子」

「どういたしまして!」


 まさか信じてもらえるとは思っておらず、華月は涙目になって笑みを浮かべた。

 そんな華月に、歌子は「だってさっきも言ったけど」と微笑んで見せる。


「華月は、わたしを親友だと思ってるから打ち明けてくれたんでしょう? 親友の言葉を、秘密を信じないなんて無理だから」

「歌子、かっこいい……」

「へへっ、惚れ直した?」

「いや、そう言う意味じゃない」

「えーっ」


 どんっと胸を叩いたかと思えば、華月の冷静な対応にわざとらしいため息をつく。歌子のくるくると変わる表情に思わず笑みを零し、華月は改めて歌子が親友でよかったと思うのだった。


「それで、華月が魔王の娘ってことと白田くんの件は何か関係があるの?」

「ああ、うん……それは」


 核を突かれ、華月は口の中に入れていた卵焼きを呑み込みかけた。小さな欠片になっていたから咳き込まずに済んだが、丸呑みしないようにきちんと飲み込む。

 白田光輝は勇者の息子だ。その事実を歌子に話しても良いものかどうか、華月には判断がつかない。彼に許可を取らずに話してしまうことは、折角誤解を解いて友人になれそうなのに水を差す気がした。


「まだ、詳しくは話せないんだ。許可取ってないし、ごめんね」

「わかった」


 目を彷徨わせて謝罪する華月をそれ以上問い詰めず、歌子は頷いた。だから華月はほっと胸を撫で下ろし、光輝の正体を明かさずに昨日の出来事を話す。


「白田くん、わたしが魔王の娘だってわかったみたいなんだ。だから、襲われたの」

「襲われた!? え、怪我は?」

「だ、大丈夫。植木や壁が犠牲になったけど、わたしが自分のこともよくわかってないって知って、攻撃を止めてくれたから」

「ああ、成程ね」


 植木や壁が犠牲になった。華月のその言葉で、歌子は今朝京一郎が言っていたことを理解する。

 つまり中庭の怪の原因は、光輝と華月なのだと。


(そもそも、白田くん自身も謎だしな。……その辺りは、華月がまた近いうちに教えてくれるかな)


 華月は許可を取っていないと言った。つまり、華月と光輝の間では何かが了解済みなのだ。親友の自分よりも先に2人が秘密を共有するのはつまらないが、歌子は華月が話してくれるのを待つ。

 何故なら、華月と歌子は親友だから。


「じゃあまた明日、絶対に教えてね」

「うん。ありがとう、歌子」


 昼休み終了のチャイムを合図に、華月と歌子は屋上を出た。


 ☾☾☾


 時は少し巻き戻り、昼休み開始直後のこと。

 光輝は一人、売店に足を向けていた。祖父母が泊りがけの旅行に出てしまい、しかも今朝は寝坊した。弁当を作る暇もなかったのだ。

 売店で焼きそばパンでも買うか。そう思って歩いていた光輝の耳に、聞いた覚えのある声が聞こえて来た。振り返ると、クラスメイトが手を振りながら近付いて来た。


「白田~」

「……赤葉あかば、だっけ」

「そうそう。オレは赤葉友也ともやっていうんだ」


 友也は自分を指差し、ニカッと笑ってみせた。

 クラスの中ではムードメーカー的存在であり、お調子者で教師や女子に叱られる姿をここ数日で数回見ている。しかし根は真面目で、友也は無遅刻無欠席を更新し続けていた。

 しかし、光輝は友也に呼び止められる覚えがない。何か用かと問えば、友也は「勿論」と笑った。


「白田に聞きたいことがある。……昨日の放課後、中庭にいたよな?」

「何の話だ?」


 しらばっくれる光輝に、友也は少しだけ真面目な顔をして見返した。クッと口端を片方だけ引き上げ、器用に得意げな笑みを作った。


「部活帰りに、見たんだよ。……お前が、剣を振り回してる姿」

「―――っ」


 思わず息を呑んだ光輝は、眉間にしわを寄せた。そして黙って友也を手招くと、声を潜めた。


「……それ、誰かに話したのか?」

「まさか。人の秘密をべらべら喋るほど、オレはいかれてないよ。ただ確認したかっただけで、それ以上でも以下でもない」


 だから、と友也は目を細めた。バンッと光輝の背を叩き、痛みに悲鳴をあげる光輝を笑った。


「何かあるなら、オレが力になる。頼ってくれ」

「……ありがとう」


 ひりひりと痛む背中に顔をしかめながら、光輝は苦笑した。

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