第2話 新入生

 衝撃しかない誕生日の翌日、華月かづきの姿は学校にあった。昨日4月2日の前日、華月はここ公立とばり高等学校1年生になったのだ。

 華月が暮らすのは、帳町とばりちょうという小さな町だ。都市部からは少し離れているが、電車に乗ればすぐに着く。

 ハイキングコースのある山が近くにあり、車で一時間も走れば海に着く。学校は幼稚園から高校までがあり、人口は少ないが活気の溢れる町である。

 生まれた時からこの町にいる華月にとっては、普段通りの朝。唯一違うのは、同級生が真新しい制服に袖を通しているということくらいだろうか。


 ☾☾☾


 クラス割りを確認し、華月は教室の自分の席に座って頭を抱えた。黒のセミロングの髪が机に広がり、華月は突っ伏す。


「全く、大変なこと知っちゃったな……」

「どうしたの、華月? おはよ」

「……歌子かこちゃん、おはよう」


 華月が黒い瞳を上げると、目を丸くした友人の姿がある。北園きたぞの歌子という、華月の幼馴染だ。

 歌子はぱっちりとした目が可愛らしく、誰に対しても親切な男女共に人気のある女の子だ。


「何か、疲れてる? 話聞くくらいならするよ」

「うん。……ううん、大丈夫。ありがとう」

「そう?」


 もう少し食い下がりたい様子を見せた歌子だったが、チャイムが鳴って断念する。クラスメイトはそれぞれあてがわれた席に着き、担任教諭の到着を待った。


「おお、みんな着いてるな」


 チャイムが鳴り終わってから数十秒後、ガラガラと音を鳴らして教室の扉を開けた男がいる。彼は縁のないシンプルな眼鏡を指で上げると、書類を教卓に置いてチョークを手に取った。

 白い線が黒板に引かれ、彼の名を示す。


あいだ京一郎きょういちろう。きみたちの担任であり、社会科の教師だ。互いに初めましてだが、これから宜しく頼みます」


 端正な顔立ちをして、身長180cm以上の高身長。なかなかのスペックの高さに、クラスの女子の中からそわそわとした雰囲気が漂う。

 しかし華月は、そんな女子たちとは違う反応を示した。昨夜のショックから抜け出せずにぼーっとしていた彼女は、ふと視線を感じて前を向く。


(間、先生?)


 手元のプリントを読み上げながら、京一郎が華月のことを見ていた気がした。しかし華月が京一郎の方を向いても、彼の視線は質問をしてきた生徒に向いている。

 気のせいかと首を傾げつつ、華月は前から回って来たプリントに目を通した。


 ☾☾☾


 放課後になり、各々が帰路につく。部活の見学も始まり、歌子を始めとするクラスメイトの多くは興味のある部活を見に行った。

 歌子を見送り、華月は「さて」と自分の机の上を見る。机の上には、今日配られた真新しい教科書や問題集が積み重なっていた。


「学校に置いて行っても良いって先生は言ってたけど……」


 生徒それぞれにロッカーが割り振られ、華月のものもある。歌子は資料集や問題集を一先ずロッカーに置いて帰ると言っていたが、華月は出来るだけ今日のうちに持ち帰るべきものは持ち帰ってしまおうと考えていた。


(明日から本格的に授業が始まるのに、それにプラスして新しい教科書も持ち帰るとか……無理)


 学校指定の通学鞄の口を広げ、何冊もの書籍を入れていく。充分な重量の鞄を背負おうとして、華月はよろけた。


「きゃっ」

「危ないぞ、黒崎」


 背中側に尻もちをつきかけた華月は、誰かに支えられて転ぶのを免れた。すみませんと言いながら顔を上げると、華月を支えていたのは京一郎だった。


「あ、間先生……ありがとうございます」

「気を付けなさい。というか、鞄が重過ぎる。せめて数日に分けて持ち帰りなさい」

「すみません」


 思わず謝る華月にため息をつき、京一郎は彼女の鞄を下ろさせて机の上に置いた。そっと置いたにもかかわらず、ゴンッという重い音が響く。


「……」

「……これでは、腰を痛める」

「ですよね」


 仕方ない、と華月は鞄から資料集と問題集を取り出した。それらを抜けば、先程の半分くらいの重さにはなる。

 華月は鞄に入れない書籍類を抱えると、その場に留まっていた京一郎に頭を下げた。


「お騒がせしてすみません、先生。もう大丈夫ですから」

「……黒崎は、お母さんと会っているのか?」

「は?」


 思いも寄らないことを問われ、華月は思わず問い返す。自分の母親に関しては複雑な感情しか持ち合わせていない彼女は、何故京一郎が母を知っているのかという疑問まで頭が追い付かない。


「わ、わたしの母をご存知なんですか?」

「――いや、何でもない。気を付けて帰るんだぞ」


 京一郎は一瞬、しまったとでも言いそうな顔をした。口元を手のひらで隠し、目を見開いて。

 その後は、何事もなかったかのように教師として華月に帰るよう促すだけだった。

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