幼馴染(15)が妻子ある身になって帰ってきた件

武州人也

第1話 再会

 高校の入学式を一週間後に控えた三月三十一日。成田空港の到着ロビーで、幼馴染と実に三年ぶりに再会した。その幼馴染は外国出身者で、日本の高校に進学することが決まっている。


信康のぶやす!」


 顔を見るなり飛びかかって抱きついてきた幼馴染は、相変わらずの美人だった。艶のある黒髪は以前よりもさらに伸びて、それを結わえたポニーテールを背中の辺りまで下げている。百人いたら何十人が性別を見誤って美少女だと思うだろうか。


「聞いてよ信康。実はボク、結婚したんだ」

「……へ?」

「それで、男の子も生まれたんだよ。父親になったんだ」


 そんな彼の口から、驚天動地の告白が飛び出した。結婚、父親……十五の少年とは結びつかないような言葉が、連続して繰り出される。


 俺がこの幼馴染――ランリンと出会ったのは、小学一年生の頃だった。やけに線が細くて、その上中性的な美形であるのは、昔からそうだったかもしれない。初めて見た時、僕は「女っぽいやつだな」と密かに思った覚えがあるから、多分生まれつきのものなのだと思う。

 そんな彼は小学校入学の初日、校庭の隅で乱暴なクラスメイトに殴られそうになり、とっさに俺の体を盾に隠れた。思わぬ形で巻き込まれた俺は、なし崩し的にそのクラスメイトと拳のやり取りをする羽目になってしまった。俺は何が何だか分からないまま応戦することとなり、ぼこぼこに殴られて頬を腫らしながら、最後には足払いをキメてすっ転ばせたところで、騒ぎを聞いて駆けつけた教員によって終戦となった。ことが終わった後には両方ともボロボロで、やってきた教員には入学早々こっぴどく叱られた。

 そんなことがあって、俺はランリンにとってある種の防壁となった。どこに行くにしても、常にランリンは俺の後ろについて回るようになったし、そのおかげか彼が露骨にいじめを受けることはなかった。そうしていつしか、俺とランリンは無二の友人となっていたのである。


「そういや、そっちの国はどうなんだ? 今は大分落ち着いてるってニュースで見たが……」

「その通りだよ。もう内戦が終わって結構経つからね。正直、日本暮らしが長すぎてあの国が故郷って感じしないんだよなぁ……」


 彼の衝撃告白に対して何も言えなかった俺は、故意に話題を逸らした。

 彼は友達付き合いの中で、彼本人の事情を色々と俺に語ってくれた。ランリンはさる国の少数民族をまとめる部族長の家系に生まれたのだという。後ろ髪を伸ばして結わえるのは部族の男子の伝統で、部族を武力で統合したランリンの遠いご先祖の髪型に由来しているらしい。

 ランリンの出身国は情勢が不安定で、隣国との戦争が終わったと思ったら、次は内戦が勃発するような有様だった。そんな中で、国会議員を務める彼の祖父が暗殺されかかったり、首都で事業を起こしていた企業家の父がテロで重傷を負ったりと、戦禍はランリンの家族にも容赦なく降りかかってきた。彼とその母親が日本にやってきたのは、ほとぼりが冷めるまで友好国に避難しておこうという理由によるものだった。

 そんな彼の背景を聞いた時には、のうのうと何不自由なく過ごしてきた俺自身の身の上との違いを思って、色々と考えさせられたものだ。とはいえ日常における彼は明るい少年で、抱えた事情による暗さを全く見せなかった。流暢な日本語を操る多弁で活発な少年は、次第に周囲とも打ち解け、ひとかどの人気を得ることとなった。

 そんな彼は今から三年前、小学校を卒業するタイミングで国元へと帰ることになってしまった。六年の間にすっかり愛されキャラとなっていた彼はクラス中からその帰国を惜しまれ、卒業式の日には盛大な送別会が催された。このことは、今でも鮮明に覚えている。


「そういや、来たのはお前一人なのか?」

「そうだよ。こっちの家はもう決まってるから大丈夫」

「なるほどな、まぁ高校生が親元離れるのはそう珍しくないか」


 結局、俺はランリンの衝撃的な告白に対して、何も突っ込めなかった。歩いて駅まで向かう間、俺は必死に関係のない話を捻り出しては会話を続けていた。


 春のそよ風は、とんでもない事実とともに、幼馴染を連れてきたのであった。

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