第6話 全力で殴ったら、上級騎士だって軽くミンチにできる

 ユズリハさんの父親である公爵家当主のお話は続く。


「しかるにだ、その娘が手も足も出ずに負けた男がおるという。これは聞き捨てならんと、ワシはその男をこの目で見に来たというわけだ」

「……えっと?」


 たしかに数日前、ぼくとユズリハさんは戦闘? らしきことをした。

 というかぼくの視点だと、ユズリハさんが一方的にぼくをボコボコに殴りまくった。

 そのうえ最後はユズリハさんが「うっ……うっ、うわああああんっっ!!」と泣きながら走り去るというオチがつき、ナニがなんだかよく分からないまま有耶無耶に終わった……というのが前回の結末だったはずだ。


「えっと……? ぼくがただ、一方的にボコられていただけのような……?」

「はぁ、なにを言ってるんだか」


 ぼくの正当な抗議に「やれやれ、まるで分かっちゃいない」とばかりにユズリハさんが肩をすくめた。

 他人をボコボコにぶん殴ったうえその態度はいかがなものか。


「いいかい、スズハくんの兄上? わたしに本気で殴られて、ケガ一つしなかったなんて世界でキミくらいのものなんだぞ? それ以前にわたしが全力で殴ったら、上級騎士だって軽くミンチにできるんだからな?」

「アンタ平民相手になんてことしてくれてるんですか!?」


 ユズリハさんの謎の攻撃力への自信はともかく、そこまで危ないと認識していることを他人にするなと言いたいわけで。

 ぼくの正当すぎる抗議にユズリハさんは慌てて、


「誤解しないで欲しい、スズハくんの兄上なら絶対に平気だと思ったんだ。それに実際平気だったじゃないか?」

「そりゃ結果論でしょうが」

「結果は大事だぞ? わたしはこれでも大貴族の一員だからな、常に結果を求められる」


 どうだ可哀想だろう、と胸を張るユズリハさんに気のない同意の返事をしておく。

 論点がずらされた気もするけど、貴族相手にツッコミを入れる蛮勇などぼくには無い。

 つい口から出ちゃったのは除外。


「えっと、結局のところどうすれば?」


 ぼくが結論を訊ねると、ユズリハさんが心得ているとばかりに即答する。


「スズハくんの兄上は、今もスズハくんに訓練を付けているそうじゃないか? その様子を見せてもらえればと思ってね」

「……そんなんでいいんですか?」

「うん。二人の戦闘訓練を見れば、父上にもキミの強さはおおよそ伝わる」


 ユズリハさんの言葉に、スズハが不思議そうに首を捻った。


「ですが兄さんの強さを見たいなら、ユズリハさんともう一度戦うのが一番手っ取り早いのでは?」

「……わたしだって、父上の前でブザマに負けるのは勘弁願いたい。察してくれ」

「なるほどです」


 スズハは納得したようだけれど、ぼくにはさっぱり分からない。

 とはいえ大貴族の当主である父親の前で、その愛娘にボコられる趣味も無いので黙っておくけどね。


「じゃあスズハ、そういうことなら早速始めようか」

「……仕方ありません。兄さんと二人きりの訓練を邪魔されるのは心外ですが……」

「こら、お客様の前ではちゃんとしなくちゃ。そうだ、スズハが頑張ったら明日は唐揚げフェスティバルを開催しようかな?」

「さあさあ兄さん、今日も張り切ってまいりましょう! 行きますよ!」


 ──その後、ぼくとスズハは訓練を始め、ユズリハさんたちは食い入るように一部始終を眺めていた。

 なかでもユズリハさんが特に驚いていたのは訓練の最中もさることながら、訓練の前後にスズハが念入りに柔軟をして、全身の筋肉を揉みほぐしている時だった。

 こちとら庶民なので怪我をしてもヒールの魔法ですぐに治せない。

 なので怪我をしにくいように、きっちり柔軟しているだけなのだけれど。


 あと、ぼくがスズハの筋肉を念入りに揉みほぐしてマッサージするシーンに至っては、ユズリハさんが真っ赤になって指をぼくたちに突きつけながら「はっ、ハレンチだ! ハレンチ極まりないっ!」とか叫んでたけど、どういう意味かは分からなかった。

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