そうや、宗谷行くで。

きょうじゅ

第1話

惣也そうや。宗谷岬に行くで」


 と、俺の悪友が言った。白神しらかみ尾花おばな。今年で二十一歳になる男だが、カラスの濡れ羽根色の長髪を肩の下まで垂らし、そして端麗な容姿をしている。女顔ではないし、その前に服装はいつも男性用の和装できっちり決めている変わり者なので、女と間違えられるようなことはほぼないが。五歳の時に俺の家の隣の家に大阪から越してきて、話す言葉はいまだに関西弁である。


「なんで宗谷岬なんだ」

「失恋したら、行く先は北やろ。昔から相場が決まっとる」


 そう、俺たちは失恋していた。相手は同じ女だった。野寒のさむしく。俺たちの共通の幼馴染だった。幼稚園の頃からの。幼稚園で同じクラスだったわけで、つまり俺も尾花も布も同学年である。幼馴染とは言うものの、布とは高校は別だった。というのも、俺と尾花は同じ男子校に行ったからである。その後、地元の大学を受け、地元の大学でめぼしいところというのは一つしかないので、三人とも同じ大学に行った。そこで、幼馴染三人、旧懐を温めることになったというか、やけぼっくいに火が付いたというか、二人して同じ女に惚れてしまったわけだが、正々堂々と二人で同時に告白しに行き、そして二人で同時に玉砕したのである。


「思い立ったが吉日や。荷物なんかテキトーでええ。すぐ出発するで」

「ちょっと待てよ、おい」


 と、言ったが、言い出したら聞かないのが昔からのこの男である。結局、ろくに着替えを詰める暇もなく、バックパック一つ担いで出発するはめになった。羽田で乗り換え、新千歳空港へ。ここから宗谷岬までの交通手段としてはレンタカーがお勧めらしいのだが、二人とも免許なぞ持っていない。結局、いったん札幌に出て、そこから交通手段を乗り換えることになった。高速バスか鉄道という選択肢になるが、たまたまタイミングよく便があったので特急宗谷号、つまり鉄道を利用した。片道約六時間、料金は自由席で一万円ほど。無事に座れた。六時間かけて、話すことは女のことばかりだった。布がいかにいい女だったか、ということを、二人して延々話しまくった。


 しかし時間というのは容赦なく流れ過ぎ去るものである。昼すぎ、宗谷号は稚内駅に到着した。帰りの便は午後六時近くに札幌に向かう。観光する時間は十分にあった。


「来たで来たで! は~るばる~きたでは~こだ~て~!」

「函館はもっとずっと南だよ」


 関西出身の友人との付き合いが長いと、間を置かずにツッコミを入れるくらいのことはできるようになるのである。

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