復讐の話

 ジャックは黙々と作業を始めていた。

 今日、この日のためにどれだけ入念に準備したことか。


 彼は机に向かい薄明りの中、昨日入手したばかりの拳銃を手入れしていた。


 カチャカチャ、カチャ。


 彼の持つ拳銃は45口径のグロック。

 彼に特別こだわりがあった訳ではない。

 売人に素人でも扱いやすい拳銃を頼んだら、ただこれが来ただけの話だった。


 それ故に、ジャックの拳銃を触る手つきはなんともおぼつかない。


「ここがこうで、こうなって」


 作業を続けジャックはどうにか、グロックを扱うことができた。

 ジャックの手にはズシリと重い感触が残る。


「あと少しだ……アビー。……待っていてくれ」

 犯行は夜にしようと決めていた。

 黒のパーカーを着れば、幾分闇に紛れて動きやすいと踏んだからだ。


 ジャックは、おもむろに机に置いてあった一枚の写真を胸ポケットに入れた。

 アビーとジャックが写っている思い出の写真だった。


 ジャックが銃を手にした理由は1つしかない。

「必ず復讐を遂げてやる」そう口にして家を出た。


 外は雨が降っていた。

 それもかなり強い。

 彼にとっては好都合だった。

 これだけ雨が降っていれば目撃者も少ないだろう。

 それに発砲音は雨音に紛れて聞こえない。

 拳銃は濡れないよう細心の注意を払い袖の中に隠した。


「やっと、見つけたよ。」

 ジャックの声はいつになく低い。


「はぁ?誰だよ。こんな雨の中、傘もささずに」

 突然声を掛けられた若い男は、目の前の黒いフードを被ったジャックを気味悪がった。


「この一年、君のことばかり考えていた」


「はぁ?マジ誰だよお前?」


「………前だ。」


「あァ?よく聞こえねーよ」

 雨脚は鳴り止むことを知らない。

 ジャックの声は雨音によって掻き消され男の元へ届かなかった。


「一年前、お前は僕の愛するものを殺した!」

 今度は怒鳴る様にジャックは言った。


「よく覚えてねーよ。一年前のことなんか」

 男の答えを聞いてジャックは愕然とする。


「ア……アビーだ。お前は一年前アビーを殺した」

 ジャックは怒りで震えながら、とぼけた様子の男へ詰め寄る。


「おいおい、俺と喧嘩かぁ? 悪いが俺はタイマンじゃ負けなしだぜ?」

 そう言い男は拳を握り、思いっきり腕を振った。


「ガハァ」

 腰の入ったいい一撃だった。

 ジャックは「ウゥ」と腹を押さえて呻いた。


「アビーだぁ? 知らねぇーな。どうせ大したことねぇ女だったんだろ。男が男なら、女もその程度だ」

そう言って若い男はその場を立ち去ろうとした。


 パン……


 男がジャックから背を向けて一歩、歩いたその刹那、雨音に紛れて乾いた音が鳴った。


「な……イッテェェェ」


 男は右の太腿を撃たれていた。

 あまりの激痛に男は崩れ落ちる。

 男の太腿からはとめどなく血液が溢れ出る。

 雨は一向に止む気配はない。

男の悶絶も雨音に吸い込まれていった。


 真っ赤な血液がゴポゴポと流れて雨と混ざり桃色の花を咲かせる。


 男は太腿を押さえながら、残った左足でなんとか立ち上がろうとする。

ジャックは咳払いをして彼に問いかけた。


「アビーだ。知ってるだろ?」


「知らねーよ」

 男はジャックに唾を吐きかけ言った。

 男にとってこれが精一杯の抵抗だった。


 パン


 今度は男の左腿だった。


「ウギャーー。イテーーよ。イテーーよ」

 男はもはや立ち上がることもできず呻く。


 這いつくばる男を見てジャックは無様だなと笑った。


「ほ、ほほんとに…知らない。ほんとに知らないんだ。」

 男はこれまでの強気の姿勢ではなく泣いて懇願した。

 実際、男は『アビー』という女性に心当たりはなかった。


「とぼけるな。一年前だ……◯◯駅近くの高架下」

 ジャックは一言、一言丁寧に口にし男にヒントを与える。


「い、一年前? ……駅の高架下?」

 男は痛みのあまり意識を失いそうになりながら、一年前の出来事を必死になって思い出す。


 そ、そういえば一年前、◯◯駅の近くを通った。確かその高架下で…………


「も……もしかして」

 男の中で鮮明に記憶が思い出される。

「……いや…でもあり得ねェ、そうならお前相当頭イかれてるぜ。あんなイn……」


 ジャックは引き金を引いた。

 乾いた発砲音は雨音に紛れ、男の頭蓋骨に穴が空いた。

「頭がイかれてる?それはどっちだ。僕が愛していたアビーを散々蹴って殺したくせに」

 ジャックは動かなくなった男を見て安堵したのか肩の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。

「やったよ…アビー。やっと君の仇を取れた。」

 ジャックは胸ポケットから一枚の写真を取り出しそれにキスをする。

 写真にはジャックと彼が唯一家族と呼んだ、アビーが笑顔で写っていた。

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