第34話

 久しぶりに聞いた杏の声。

 僕が声を出す前に、武明の声がした。


「杏ちゃん……」


 彼女はまだ、状況が理解出来ていないのか少し驚いた様な顔をしている。


「おいおい、マジで普通の子にしか見えねーな。本当にアンドロイドかよ」


 杏は高山を見るなり、表情を曇らせた。


「この人は?」

「あ、一応警察の人だよ。ここに来た時にたまたま会ってさ」

「一応って、警察だから。とりあえず安全な場所に出た方がいい。ベランダはあるか?」


 杏はリビングに視線をやると、「あそこがベランダ……」と小さく呟く。高山は手際良くリビングの家具で入り口を塞ぎ、ベランダから外を確認した。


「籠城でもする気なんですか?」

「いや、ただの時間稼ぎだ。こう言うマンションは大体ベランダに非常用の出口がある、まだ気づかれてないうちは、とりあえずそこから外に出るのがいいだろう」


 そう言うとベランダにある避難用の階段を下ろし辺りを確認しながら高山が先に降りた。


「お前ら、早くしろ」


 その声に、僕は不安そうな杏に声を掛けた。


「先に降りて、僕は最後に降りるから」

「うん……」

「成峻、お前が先に行け。杏ちゃんが不安がっているだろ?」


 武明に促された僕もすぐに降りた。武明は開いていた蓋を閉じながら降りて来るのがわかった。


「まだ安心するのは早えぞ。だが、とりあえずお前らは俺が絶対警察署まで連れて行く」


 高山はそうボソッと呟いた。僕はそれを見て彼は安心させようとしていると思った。


 建物の裏、以前も武明と似た様な場面になった事はある。ビルの裏を逃げる事に関しては僕らは経験値が高い。しかし今回は高山と杏が居る事が安心であり不安でもあった。


「反対側に人の気配がある」

「奴らなんですか?」

「それは分からない。だけどリスクはなるべく減らす方がいいだろう」


 高山について行く傍ら、杏の事を気にかける。彼女の事は別にか弱いと思っているわけでは無いけど、ターゲットにされている以上一番攻撃をされやすいと思っていた。


 彼女自身、それを理解しているのか僕にぴったりと引っ付いて来る様にしている。


 隙間を抜けると、高山は隠れやすい建物に入る様に促すと、どこかに連絡を始める。多分上司に当たる人物に迎えに来てもらう様に伝えているのだろう。


「ちょっと待って下さい、明け渡せってどう言う事ですか!」


 高山は声を荒げる様に叫ぶ。

 それが僕らにとっていい事では無いのが直ぐに分かった。


「彼女は普通の子です。うちで保護すれば何も問題は無いはずでしょう?」


 そう言った後、無言でスマートフォンの先に耳を傾けると、高山は小さく言った。


「分かりました……自分がどうにかします」


 スマートフォンから慌てている様な声が漏れる中、高山はスマートフォンを切る。一瞬歯を食いしばると一度顔を叩き僕らに笑顔を見せた。


「心配すんな、俺がどうにかする。ガッツリ言ってやったぜ!」


 強がっているのは僕でも分かる。だけど高山は大人で実力も有る。もしかしたらどうにかしてくれるんじゃ無いかと心強く感じた。


「高山さん。でもかなりまずいんすよね?」

「ふぅ……まあな!」

「いいんすか?」

「武明、どうしたんだよ?」


 そんな中、武明は冷静に高山の状況を確認しているのが気になった。多分、今の状況を分析しての言葉なのだと思う。


「いや、俺は構わないぜ。成峻も杏ちゃんの為だし覚悟は決めていると思う。だけど高山さんは……」


 すると高山は武明の頭をガッシリと掴み揺らした。


「ガキが気い使ってんじゃねぇよ。俺が俺の為に決めた事だ、お前らは自分の身だけ守ってりゃいーんだよ!」

「高山さん……」


 武明は俯き、拳を握りしめているのが分かった。


「しかしまぁ、どうすっかなー」

「いやいや、何か策が有るんじゃ無いんですか?」

「無くはねぇけど、終着点をどこに持って行くかなんだよな」

「終着点?」

「ああ、つまりは何処をゴールにするかって話だ。逃げるのはともかく、制圧も俺なら出来る。だが、制圧してからどうする?」

「確かに、杏のお父さんを救出とか?」

「いや、それは結局明け渡すしかなくなるだろ」


 確かに僕は短絡的だった。とりあえずは今さえ逃げ切ればと思っていたが、またいつ杏の充電が切れるかも分からない。保護してもらわない事には僕らはこの状況を終わらせる事はできない。


 だがそれも不可能となってしまったんだ。


「ところで高山さん、杏はなんで狙われているんすか?」

「ああ、それな」


 武明の質問は僕がずっと気になっていた事だ。アンドロイドだからとなんとなく考えてはいたもののそれだけでここまでの話になるとは思えなかった。


 現に繋がりが有るかはまだわからないけど、人が死んでいるし確実に殺しに来ている様にも感じる。


「俺より彼女に聞くのがいいんじゃねぇか? 今更秘密って事もないだろ?」

「杏は記憶喪失で……」

「本当にそうか? それはあくまで普段の生活での記憶が無いだけじゃねぇのか?」

「杏……そうなの?」


 道井杏は少し俯いたまま口を閉ざす。そっと僕の袖を掴むと何処か震えている様にも感じた。


「僕は何があっても杏の味方をするよ」

「俺もだぜ?」

「命懸けの友達が言ってくれてんだ。俺も知らない事があるかもしれねーし話してもいいんじゃねぇか?」


 すると杏はゆっくりと口を開いた。

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