第29話

「いや、何もしてないって事はないだろう」

「本当に何もしてないんです……」


 押し問答が始まりそうになり、僕は杏の事を話すべきなのかを悩む。


「だがよ、狙うって事は相手にも何かメリットかデメリットがある筈なんだよなぁ。それがメンツなのか金なのかはわかんねぇけどよ」


 確かに雅樹さんの言う通り、組織には杏を狙うメリットがある筈だ。単純に最先端のテクノロジーだからと言う気もしなくも無いが、それだけでそんなに必死になるのだろうか?


 まだまだ杏には分からない事が沢山ある。もしかして杏のパパが組織の秘密を持ち出したのだとしたら……彼女は何かしらの秘密を持っているに違いない。


「もし、ですよ。彼女のお父さんが、狙われていてその秘密を彼女が持っていたら……」

「まぁ、充分理由にはなるだろうな。彼女のパパが嵌められた理由も繋がるしな」

「そうですか……」

「心当たりでもあるのか?」

「いや、でも可能性はあるかもしれません」

「だとしたら余程の物かも知れねぇな」


 しばらく考えてみたものの答えは見つかる筈も無く、僕が落ち着いたのを察したのか仕事に戻る事になった。


 理由がイメージ出来たからなのか、それまでの葛藤は消え嘘の様に落ち着いた。戻ったら一度杏に聞いてみよう、そこからしか解決は出来ないのだと頭の中を整理した。




 仕事が終わり帰り道。雅樹さんに呼び止められた。彼はスマートフォンを手に持ち近づいてくると、


「本当はダメなんだけどな、LINE交換しようぜ? なに、仕事の話はしねえ。人生の先輩として困ったら相談してこいよ」

「はい。また、よろしくお願いします」


 やっぱり雅樹さんは、どこか武明に似ている様な雰囲気を持っている。大人になった武明はこんな感じなのだろうと親近感を覚えた。


 僕は杏に『終わったよ』とLINEを送り、武明から来ていたメールを開く。すると武明は学校の周りに居た怪しい人は見かけなくなったと教えてくれた。


 それが諦めたからなのか、何か他に手がかりを見つけたからなのかは分からない。たが着実に変化していると言う事だけは分かった。


 僕は杏と合流すると、今日雅樹さんと話した事を少し言葉を選びながら話した。


「狙われている理由?」

「そう、雅樹さんにはアンドロイドと言うのは話していない。だからそれが理由ってだけでも分からなくもないんだ……」


 そう言うと彼女は、少し黙る。心当たりがあるのか、それとも自分のせいだと思い考えているのか。


「私ね、一番新しい記憶だとパパと部屋にいたの。病院じゃなくて部屋に」

「その時はアンドロイドって気付いていたの?」

「ううん、何かは良く分からなかった。自分が何故ここにいるのか……そんな事も考え無かったかもしれない」


 多分、杏が初めて起動されたタイミングだ。だが、彼女自身は事故で記憶が無いと思っているはず。ふと、頭を悩ませているのか唸った様にも聞こえた。


「アンドロイドだっていつ気づいたの?」

「学校に行く前、パパが言ってた。私は事故で死ぬところをアンドロイドにする事で繋いだんだって」

「もしかしたら、その技術が狙われている理由なのかもしれないね」

「うん……パパは多分無理して」


 杏は元々はアンドロイドだったんじゃ無いのか?

 彼女が言っている事が本当なら、道井パパは杏を死なせない為に機械化した事になる。となると、背中の傷とも辻褄が合うのか……。


 傷を塞いだ時には、人間の部分が残っている様な気はしなかった。だけど、例えば脳だけとかそう言った事が可能なのなら、彼女は元々は人間だったのかもしれない。


 どっちにしても道井パパに聞いてみるしか無いのか……。だけどそれすらも今の状況では難しい事は痛い程分かっていた。


 僕は、今出来る事をしていくしか無いんだ。

 以前とは違い、相談できる人もお金を作る術もある。多少やりたい事はできる筈だ。



 次の日、目を覚ますと仕事が無い事もあり、僕は情報を集めようと考えていた。布団から出るとどこか違和感を感じる。


 杏がいない。

 トイレにでも行っているのかと思ったが、彼女の気配すら感じなかった。


「杏?」


 呼びかけてみても、慣れ始めた部屋に反響するだけ。まるで僕しか居ない様な感覚に不安を覚えた。


「ちょっと、やめてよ」


 やはり、返事は無い。

 嫌な予感がしてスマートフォンを開くと、彼女からLINEが来ているのが分かった。


 今日、早かったのかな……。

 そう言い聞かせ、画面を開く。通知で飛び込んできた文字は『ごめんなさい』


 嘘でしょ?

 パスワードを入れる手が震える。


 なんで?

 開いた先には、少し長い文があった。


『ごめんなさい。

 成峻に言うと、多分また無理しちゃうんだろうなぁ。

 私は知ってる。

 君が、あまり人と話す事が得意じゃ無い事。

 だけど必死で何か考えてくれている事。

 結構無理してるの知ってるよ?

 一緒に居たくて言えなかったけど、これ以上は迷惑をかけられません。私の事を考えてくれている人を巻き込んでまで、幸せを探すと言うのは見つかった時にやめておけばよかった。


 パパが捕まるのも、私が捕まるのも仕方がない事だけど、成峻くん。君は違う。

 だから、君は君の好きな事をして下さい』


 違うよ。

 僕は、巻き込まれてなんか居ない。

 なんで、そんな事言うんだよ。


 僕は彼女に電話をかけると、電源が入っていなかった。


 僕はただ道井杏と、普通の生活がしたいだけなのに……。仕方なく鞄に荷物を詰めると一緒に買った多脚戦車のキーホルダーが見えた。


 これって。

 僕は鞄に付いているのを確認すると、鞄の中のキーホルダーを引っ張り出した。


 彼女の鞄に付いていた筈のそれには、3つの鍵が付いていて、多分家の鍵だと思われるものもあった。それを見て僕は嫌な予感しかしなかった。


 杏は家に向かったわけじゃないのか?

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