第26話

「この街にはな、人生を詰んだ奴が多いんや。兄ちゃんも詰んだ顔しとったからな」

「それで仕事って何をするんですか?」

「心配せんでええ、普通の仕事や。ちょっとした設営や掃除、短期で人手が入りそうな所を紹介しとるだけなんや」


 おじさん曰く、仕事を探すのを困っている人と同じ様に小さな個人事業主や零細企業は雇う側も困っているそうだ。


「派遣とか使うのだと思ってました」

「アホか、派遣なんか使ったら倍以上かかるし、契約とかで気軽に切られへんやろ」


 おじさんの説明によると個人で請け負っている派遣みたいな感じらしい。必要な時に仕事が有れば入る事が出来るとの事で選択肢のない僕は受けてみようと思った。


「分かりました、よろしくお願いします」

「そしたら明日、内容はLINEで送るわ。給料は仕事を終えたらここに来たらええ、大体21時におるからその時に渡すわ」


 終了確認の後、おじさんから手渡しでもらうというもの。そうする事で仕事を回しているのだと言う。殺伐としたやりとりの中、僕は五千円取る事の信頼と言った意味がわかった様な気がした。


 援助とか助けるとかそう言う理由じゃない。金を渡すし金を取るからこの取引は成り立つ。その金でどうするのかは、あくまで僕次第という訳だ。


 東京に来た時点で、僕は自分の力でどうにかしなくてはならなかった。取り繕う事をせずそれをわからせてくれたおじさんはいい人なのかも知れない。


 しばらくして杏から連絡が入る。彼女も受かったのだと言い、僕も仕事が見つかった事を伝えると二人で安堵の声を漏らした。


「良かったね」

「これで一旦は安心できる」


 杏と合流すると二人でコンビニで、少しだけ豪華なご飯を買い、再びあのホテルに泊まる事にした。


「とりあえずお金を貯めよう」

「二人で貯めれば、貯まるかも知れないね」

「お金を貯めた後は、住む場所を探してそれで──」


 ようやく見えた未来に、二人の夢をはなす。


「私は普通の生活でいいから成峻といたい」


 彼女の言葉が、これからの生活を頑張る勇気をくれた。僕は道井杏と生きていく為にならなんだって出来るような気がして、彼女をギュッと抱きしめる。


 世界は思っている以上に僕が関係のない場所で動いている。こうしている間にも奴等は杏を探しているのかも知れない。それでもこの暗闇を手探りで進んでいかないといけないんだ。


 今はただ杏と手を繋いでいるだけで、前に進むための力が生まれているのだと思う。


「成峻は【楽しい】?」


 彼女はそう呟いた。

 夢中になっていると言えばそうなのだけど、現状はとてもそう言える状況ではない。


 だけどいつか、無事にまた武明達と笑って遊べる様な日が来るのだとしたらその時は【楽しい】と言える日が来るのかも知れない。


「多分……」


 僕がそう言うと、杏は嬉しそうに身体を寄せた。



 朝になると、僕らの新しい生活が始まった。

 二人でホテルを出て荷物をコインロッカーに入れる。仕事の時間までファーストフード店で時間を潰してそれぞれの仕事に向かう。


 僕は杏に「行ってきます」とだけ告げると、連絡の来ていた場所へ向かった。地下鉄に乗り、乗り換えをする。通勤ラッシュの中見た事も無い人たちが朝の仕事に向かっているのがわかる。


 一方通行の様な人混みの中で、次の電車の乗り場を探した。杏も今頃、カフェに向かっている頃だろうか? そんな事を考えながら、目的地にたどり着いた。


「よろしくお願いします」


 着いた先で仕事内容が説明される。今回同じように派遣されたのは二人。依頼主の社員が説明を始めた。


「本日の作業は、解体前の家の整理だ。中の荷物を出し、トラックに詰めて行く。十七時くらい迄に終わればいいと思っている」


 大変そうではあるが、内容は難しくはない。リサイクルショップが受けた大きな作業の人手が足りなかったという事なのだろう。


 だが、作業がはじまるとインドアな僕にはかなりしんどい内容だった。家具の持ち方や、集めた荷物の置き方など単純そうに見える部分にも暗黙のルールがある。社員の人が指示をくれるもののそれをこなすだけで精一杯だ。


「それは分けて置いてくれ」

「はい」

「家具は、傷がつかない様にぶつからないように手を壁側に挟む様に持て」

「はい!」


 必死に食らいつくように仕事をこなす。もう一人の人はあまりやる気が無いようにみえた。


「何やってんだ!」


 社員の怒声が飛び、怒られているのが分かる。僕はそうならない様に意識を尖らせる。するとしばらくして積み終えたトラックの前で社員が待っていた。


「よし、昼にするか」


 あまりちゃんと出来ている様な気はしなかったが、彼は優しく接してくれている様におもう。疲れた所にお弁当とお茶を用意してくれていた。


 現場の隅の段差に座り使い捨てのおしぼりで汚れた手を拭いた。軍手をしているとはいえ蒸れた感じが少し和らいだ。すると社員の人が隣に座った。


「おつかれ」

「お疲れ様です」

「結構大変だろう?」

「正直、慣れてなくて覚える事がいっぱいで」

「まぁ、最初はそんなもんだ。初めてにしては結構よくやっている方だと思うぞ?」


 彼の意外な反応に少し驚いている。


「お前、訳ありなんだろ?」

「どうしてそれを?」

「そりゃ、あのおっさん所から来てる奴は何かしらの訳ありしか居ないからな」

「そうですよね……」


 普通の仕事や派遣に登録出来ない様な奴しか居ない。だからあまり期待はしていないのだと言う。


「なんでそんなにがんばれるんだ?」

「まぁ、お金を貰っているので」

「ふむ。年齢的にも他の奴とは理由が違いそうだな。あ、言わなくていいぞ。おっさんに怒られるからな……」


 この人とあのおじさんの間で、聞いてはいけないとか、約束事があるのだと思った。


「言ってもうちも零細企業だからなぁ……」


 なんとなくその言葉が、仕事と言う温度感を伝えている様に感じさせた。薄い雲が広がっている曇り空の中、僕はお茶を一口含むと杏はちゃんと出来ているだろかとぼんやりと考えた。

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