第22話

 僕は咄嗟に彼女の手をとり距離をおく。

 正直嫌な予感しかしない。


 あの時、ビルで話しかけてきたスーツの男だったからだ。


「やはり君は関わっていたのか」

「なんの事だよ」

「その反応をみるからに、君は気づいてはいないのか?」


 僕は杏を庇う様に、男との間に入る。


「そんな事をしても無駄だ。君は私達を敵にまわすつもりか?」

「杏に何かするつもりなんだろ?」

「杏? 今はそんな名前で呼ばれているのか……アリス」


 男が言った言葉に動揺する。

 彼が言った名前は、杏に似ていたフィギュアの名前と同じだったからだ。


「アリス?」

「まあいい、所詮小僧一人ではどうする事も出来はしない」


 男はそう言うと、胸のポケットからサイレンサー付きの銃を取り出し僕に向けた。


 嘘だろ?

 ここは日本だぞ?


 その瞬間、引き金を引くのがわかる。……流石にこれは厳しいな。


 僕が諦めた瞬間、僕の顔に道井杏のアッシュ色の髪がかかる。


「逃げよう……」


 彼女がそう言ったのがわかり、僕達は全速力で走り出した。


 しばらくして、切れた息にも限界がくる。それを察したのか彼女は民家の塀の中に誘導する。インドア派の僕にしてはそれでも充分走った方だ。


 後ろを振り返って見ても意外にもさっきの男が追ってくる気配が無い。何かトラブルでもあったのだろうか?


「ありがとう、杏。大丈夫?」

「ごめんね……私は問題ない」

「それにしても何だったんだ、あの銃は偽物だったのか?」


 流石と言うか、道井杏は全く息が切れていない。小さな庭に座り込むと、彼女がそっと身を寄せた。


(何があってもお前だけは味方でいてやってくれ)


 武明の言葉が頭に浮かぶ。

 うるせぇ、当たり前だよ。


 だが、彼女の背中に手を回すとスウェットに穴が空いているのが分かり戦慄した。


「えっ……まさか、」


 だが、血が出ている様な感触は無い。でも確かに穴が空いて居る。


「ごめんね……」


 僕は彼女の言葉の意味がようやくわかった様な気がした。


「付き合う前に、言えば良かったね」

「なにをだよ」

「私の身体の事……」

「だから何をだよ」

「私が──」


 僕は初めてキスをした。

 その味は想像していたよりも遥かに悲しみに溢れていて重いものだった。


「なんで?」

「それでも僕は君が、道井杏が好きだから」


 彼女が何であっても関係ない。僕はフィギュアが好きで、アリスが好きで2.5次元に恋をしていた事もある。今更彼女が人間じゃなかっだからってそんな事はどうだっていい。


 だけど、なんでこんなに苦しくなるのだろう?


「ねぇ、成峻くん。アンドロイドにも命はあるのかな?」

「あるよ。絶対に」

「ねぇ、アンドロイドも幸せになっていいのかな?」

「いいに決まっているだろ!」


 僕は、道井杏が泣いて居るのを初めて見た。涙は出てはいないものの彼女は確実に泣いていた。


「杏……一緒に逃げよう、あんな奴らが来ない所まで。そして二人でひっそりと生きよう」

「……うん」


 若気の至りと言われてもいい。きっと僕らは今日の決断を何年かした後に笑い話にするんだ。僕は武明に電話をかけ、事情を話すとそのままねむりについている道井杏にジャケットを掛けると二人で朝を迎えた。



 まだ日が差したばかりの頃、朝の寒さに目を覚ます。一瞬夢だったのかと思ったものの、隣に居る彼女の寝顔で現実なのだと覚悟を決める。


「杏、起きてくれ……」

「ん? おはよう」


 その可愛らしい反応からは、到底アンドロイドだなんて理解出来ない。普通のいや、とびきり可愛い高校生の女の子だ。


「何処か行くの?」

「武明と待ち合わせしているんだ」


 そう言うと彼女はぼんやりとした表情で起きあがった。武明とは学校の裏、殆ど誰も通らない場所で待ち合わせる。あくまで、昨日の奴等に見つからない様に動かなくてはならない。


「よっ!」


 待ち合わせ場所に着くと、武明は笑顔で声をかけた。彼女の秘密を話しているにも関わらず、彼は普段通りのままだった。


「いきなりごめん……」

「何言ってんだよ。友達だろ?」


 そう言って武明はスポーツバックを肩から下ろし僕に差し出した。


「ほら、着替え以外にも色々入れといたから持っていけよ?」

「いいよ、着替えだけで充分だよ」

「親友が一世一代の覚悟決めてんだぜ? これくらいさせろよな」

「武明……」

「こっちで出来る事はしといてやるから、お前はやれる事やって来い。落ち着いたら連絡くれよな」


 武明は特にそれ以上は何も聞かなかった。それが彼なりの優しさでもあり、そのうち僕から話してくれるという信頼でも有るのだと思う。


 昨日の晩、武明には道井杏の事を伝えた。頼れる人が彼しかいなかったというのもあるのだけど、それ以上に心配をかけたくなかった。


 最初、僕の思い過ごしだと言った彼も、銃弾の事や彼女から聞いたと言うのを伝えると戸惑いながらも信じてくれ、早朝に着替えを持って来てくれる事になった。


 僕は杏の手を取り、校舎を眺める。

 本来なら、四人で充実した高校生活を送れるはずだった。手荒な形で僕たちを追い詰めてくる奴らに憎悪の気持ちが湧いた。


 武明と別れた後、駅に向かい昨日置いていた鞄を取り出し電車に乗る。するとそれまで黙っていた杏が口を開いた。


「ごめんね」

「別に杏が悪い訳じゃ無い」

「でも、これからどこに行くの?」

「とりあえずこの町からは離れようと思う」

「でも……」

「それからは、住み込みの仕事でも探そうかとおもっているんだ」


 正直僕の知識では、それくらいの事しか思い浮かばなかった。相手は国とも繋がっていそうな組織、こんな事をしたって大して時間は稼げないかもしれない。


 それでも僕は最後まで道井杏の味方でいたいから、少しでも長くいたいから出来るだけの事をしようと思った。

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