第15話

「道井さんがやったの?」

「そんな事したなら転校程度じゃ済まないわよ」


 その通りだ。つまりは彼女がやったとは言い切れない。だからこそ彼女自身、事件ではなく事故と言ったのだろう。


「ただ、ボソボソ呟いているだけの子の秘密をばらした後で事故に遭うのは出来過ぎているのよ」


「ちょっとまって、道井杏はそんな引きこもりみたいな感じだったの?」

「ええ、抑揚なく小さな声で呟いているだけ。だから納得したって言ったのよ」


 彼女はうちに来た時点でアップデートされた後だったという事なのか。


「なるほど、そっちでも変化はあったの?」

「入学してからは成績が恐ろしい位に伸びてたわ。ランキングが出るからすぐにわかるのだけど」


 綾香さんとの話で過去の彼女の事が大分わかってきた様なきがする。ただ、それだけだと今の所僕のモヤモヤしている部分はなんの解決もしていない。


「僕はどうしたらいいんですかね……」

「その、旭って子と付き合ってみるとか? 告白されてる訳だし可愛いんでしょ?」

「ふざけないで下さいよ。それこそ傷口を抉る様なマネですよ……」


 完全とは言わないまでも、仲直りし始めている二人に今更そんな事をしてもややこしくなるだけだ。


「とりあえず君が構わないなら、近づいて調べるのが一番いいんじゃない? 一応は仲良くやってるんでしょ?」

「背中の事も気になりますし、様子見ていくしかないですかね」


 結局、特に解決策は見えないまま僕たちはカフェを後にした。帰り際、駅に向かおうとする僕を綾香さんは呼び止めた。


「君、普段はこんなに行動的じゃないよね?」

「まぁ……」

「いいなぁ、恋だなぁ、」

「またまた。でも、ありがとうございます」

「うん、あんまり無理はしないでね」

「マイペースが売りなんで、大丈夫ですよ!」


 彼女は安心した様に手を振って、人混みの中に消えて行った。誰かに話すことで確実に僕の気は楽になっている。少し前の僕には考えられないくらいに人と話す様になったと思う。


「成峻くん? こんな所でなにしてるの?」


 その瞬間、僕の安心は一瞬にして冷や汗に変わった。この透き通る様な聞きなれた声。


 道井杏がなぜ……。


「わかった、女の子とデートしてたんでしょ?」


 彼女はいつから見ていた? それに、この振りが冗談なのかそれとも牽制なのか判断が出来ない。僕は苦し紛れに冗談を口にする。


「そうそう、お洒落なカフェでね!」

「あはは、成峻くんがそんな訳ないよね」

「ひどいいい様だなぁ。ところで道井さんはなんでここにいるの?」

「パパとデートなんだ、でも長いから先にでてきちゃって。でも君もこの店に来たんでしょ?」


 そう言われて見上げると、ホビーショップという文字が書いてある。僕は周りを見渡すと何回か来た事のある店だった。以前からこんなカフェがあっただろうかと思う。


「ああ、ここも寄る予定だよ。道井さんのお父さんは何を買いに?」

「ガンプラだよ。昔から好きなんだよね」

「なんか親近感が湧くなぁ、」

「多分、話も合うと思うよ?」


 彼女が僕に興味を持ったのはもしかして【パパ】と何か近いものを感じたからなのだろうか。とにかく綾香さんと居た事は見られていなかったのだと少しだけ安心した。


 それにしても高校生の女の子が父親の特殊な趣味に付き合っているというのは不思議でもあり、羨ましくも感じる。


「道井さんも好きなの?」

「プラモデル?」

「そう……もしかして作ったりしているのかなって思って」

「うーん、私は……」


 彼女がそこまでいいかけると、大きな紙袋を持った少し年配の雰囲気のある男性が話しかけてきた。


「またせたね。おや、彼は?」

「パパ! 彼が成峻くん」

「なるほど、君があの?」


 意外にも、いやプラモデルを買いに来るくらい仲がいいなら学校での事は話しているのかもしれない。だが、こういうときになんと挨拶するべきなのか? こんにちはも間違ってはいないとは思うものの何かしっくり来ない。お世話になっていますというのは社会人みたいで違和感がある。


「同じクラスの杉沢です……」


 あまり慣れない大人に目線を逸らしてしまう。ふと道井パパの袋に目をやるとプラモデルが一つ、それ以外にもフィギュアが入っている。


「フィギュアもお好きなんですか?」

「おや、恥ずかしい所を見られてしまったね」

「恥ずかしくなんてないですよ。そのフィギュア中野工房の【アリス】ですよね? 【アリス】のフィギュアは僕もいくつか持っていますけどリアルな風を表現している細かいディテールが──」


 つい夢中になり、早口で捲し立てる様に喋ってしまう。だが、それでも道井パパは興味がある様に頷きそれを聞いて意見を述べた。


「杉沢くんだったかな? 君も相当好きなようだね。どうだい、今度おじさんと一杯……はダメか」


 同族だからなのか話しやすい印象を受ける。道井杏もそれを楽しそうにみている様だった。しばらくしておじさんは、真剣な表情を浮かべる。


「杉沢くん、杏の事をよろしく頼むよ」

「いえいえ、こちらこそ仲良くさせて戴いてます」

「この子はまだ、人より精神的に未熟な部分はおおい分君みたいな子が近くに居てくれると安心する」

「僕みたいなタイプに話しかけてくれたのは、やっぱりおじさんと仲がいいからなのだと思います」


 すると道井パパは少し照れ臭そうにすると、


「どうだい? うちの息子にならないか、君なら歓迎するよ!」

「それって……」

「ちょっとパパ、成峻くん困ってるでしょ!」

「そうか? 杏がもし彼と結婚したいならパパは大歓迎だ、一緒に作りまくろう!」

「それは最高ですね!」

「ちょっと、成峻くんも!」


 道井パパと会えた事で、いつの間にか僕の不安はほとんど無くなっていた。彼女の事はおじさんも悩んでいたのだろうと思えたからだ。道井杏が変わって行く事も回復しているのだと思うと怖い事では無く凄く嬉しい事の様に思えていた。

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