第11話

 休日になり、映画に行く事になった僕は念のために相談して、黒ではなく白いパーカーを着て普段より身だしなみに気を使っている。


 今回の目的は、彼女とのデートよりも武明達をサポートしていくという事で、先に話を付けている。そして彼等より三十分早く集まる事にしていた。


「おはよう」

「おはよう、時間ぴったりだね」

「言い出しっぺが遅れる訳にはいかないからね」


 すると早速計画が崩れる。


「あれ? やっぱり二人は真面目だなぁ」

「武明? どうして?」


 普段時間にルーズなはずの彼は、ほぼ同じタイミングで現れた。


「デートは三十分前だぜ? そりゃあ遅れるわけには行かないだろ?」

「普段は遅れる癖に……」

「そりゃあ付き合いってものがあるからだなぁ」


 確かに彼が遅れるのは学校の帰りだ。友達に声を掛けている彼が遅いのは必然なのかも知れない。


「そっか……」

「なんか不満気だな、抜け駆けして何しようとしてたんだよ?」

「たまたまだよ」

「本当かぁ?」


 いつになく疑り深い武明。彼なりに緊張しているのかも知れないと思った。しかし、それ以上に彼の格好が気になった。


 アディダスのジャージに、ゆるいショートパンツ。おまけに、スポーティーなリュックとデートというよりは、いまからサッカーでもしに行く様なコーディネートだ。リア充のイケメンはもっとお洒落な格好をして来ると思っていただけに拍子抜けする。


「あぁ、俺この後フットサルなんだよ」


 その一言で納得する。


「予定あったの? 別の日にすれば良かったのに」

「大体土曜はフットサルしててさ、来週にしたところでかわらねぇからさ。旭もわかっているし大丈夫だろう?」

「まぁ、旭が知ってるなら。それより、サッカーしてたの?」

「おう、中学ん時な。結構いい所まで行ったんだぜ? 司令塔とか呼ばれてさ!」


 武明がサッカーをしていた事に違和感はない。運動神経のいい彼は結構上手かったというのも納得できる。そして武明は僕が気にしている事を聞いた。


「杏ちゃんは何部だったんだ?」

「なんで先に道井さんのを聞くんだよ!」

「いや、成峻はどうせ帰宅部か文化部だろ?」

「まぁ、そうだけど……」


 美術部という予想通りだった事が、ちょっと腹立たしい。肝心の道井杏は少し困ったように呟いた。


「覚えてない」

「そっか……杏ちゃんの運動神経なら、かなりいい成績残してそうだよな」

「だったらいいね」


 意外にも武明は深くは聞かなかった。僕は記憶が無くなったとはいえ昔やっていたスポーツくらいは後からでも分かりそうなのにと疑問だった。


「みんな早い! 何? 武明その格好で来たの?」

「別にそのまま行くんだしいいだろ?」


 集合時間の十五分前、旭は現れた。武明がフットサルだというのはやはり知っている様だった。彼女は僕等の格好をなぞる様に見ると、


「成峻以外とモノトーンでいい感じじゃん? 杏ちゃんはもっとお嬢様な感じかと思ったけど……もしかして二人は合わせて来た?」


 そう、僕は事前に道井杏に相談していた。全身黒で行こうとしていたところ、白いパーカーと白い靴、小さなショルダーバッグを提案したのは彼女だった。


 見る人は見ているんだなと感心する。


「ちょっと相談したんだよ」

「なるほど……80点だね!」


 悪くは無いのだろうけど、なんともし難い点数をつけられた僕は、相談して良かったと思った。しかし武明がジャージで来たせいか、旭は少し不機嫌そうだ。


「映画館はカップルばっかりなんだよ?」

「別にカップルを装う必要はないだろ?」


 痴話喧嘩みたいになる二人に、道井杏が囁く。


「大丈夫なの?」

「うん、あれは仲がいいんだよ」

「そうなの?」


 はっきりと言いたい事を言える関係。典型的なお互いを知り合っている仲の良さだと思う。それは武明と話す様になって気がついた事だった。


「仲がいいと喧嘩するんだ?」

「ちょっと違うかな。喧嘩みたいに好きな事を言っても関係が崩れないと安心しているんだよ」


 僕自身、何でそんな事を知っているのかを考える。親の事を考えると、理由は自然に納得できる様な気がした。


「道井さんのパパとは喧嘩したりしないの?」

「……した事ないかな。パパはいつも忙しいから話せる時も少ないの」


 彼女の家は、お嬢様学校に通わせていたくらいの金持ちの家。お父さんが忙しいのは仕方ないのかも知れない。


「そっか……」


 僕はそう呟き、口を閉ざす。隣を歩く彼女の手が少し寂しそうに見えたものの、道井杏が待っているのは僕じゃなくてお父さんの手なのだろう。


 案の定、映画館に着く頃には武明達は仲直りし、普段通りの二人に戻っていた。僕は道井杏と目が合うと「ね、すぐ仲直りしたでしょ?」と言う。すると彼女は興味があるのか深く頷いた。


「飲み物とポップコーン買うだろ?」


 映画館に着くと、武明は嬉しそうにそう言う。漫画やアニメでの定番という事もあり、少しワクワクする。


「道井さん、何にする?」

「成峻くんは?」

「僕はコーラかな、なんとなくそんなイメージなんだよね」

「そしたら私もそれにするね」


 武明が全員分を買ってきてくれるとの事で、チケットの引き換えに三人で向かう。ここでも旭が「慣れてないでしょ? 変えてきてあげる!」と、そそくさと並びに行った。


「……どうしよっか?」

「ポップコーンは私達が行けば良かったね」


 特にする事が無くなった僕らは、パンフレットをおいてある場所に着く。


「道井さん【青と恋】の予習してきたんだっけ?」

「うん……」

「ネタバレは無しだよ?」

「うん、黙っとく」


 パンフレットの隅に、キーホルダーが並んでいるのがみえる。映画になったアニメの物もあり、今すぐにでも漁りたい気分だ。だが、彼女を放ってそんな事をするわけにはいかない。


 チラリと道井杏に目をやる。


「見てもいいよ?」

「本当に?」

「確か、フィギュアすきなんだよね?」

「うん。知ってたんだ」

「私のパパも似たような趣味があるから」


 つまりは何かのコレクターなのかも知れない。少しだけ【パパ】に親近感を覚えると、僕は飢えた魚の様に漁り始める。


「これなんかいいんじゃない?」

「まさかの多脚戦車? 道井さんもしかしてかなりマニアックだったりする?」

「そう? でも可愛いよ?」


 可愛い……まぁ、キャラクターとしては可愛いのかも知れない。個人的にも好きな範疇であった事もあり、そっとキーホルダーを二つ購入し店を出た瞬間に片方を彼女にプレゼントした。

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