第9話

 道井杏がアンドロイドかも知れない。

 彼女が転校して来た時に、僕が思っていた事だ。


 だが、本当にそう思ったのかと言われると、フィギュアの様な完璧なフォルムの彼女が『アンドロイドだったらいいな』と言うのが本心なのかも知れない。


 コミュ症の僕にはその方が良かったのだ。


 しかし、綾香さんは違う。彼女はそれを少しも望んではいない。そんな彼女が『アンドロイドロボット』と言った事に興味があった。


「武明じゃなくて悪いのだけど、良かったら聞かせて貰えないですか?」

「……はい」


 彼女が憔悴しきっているからか、僕はやけに落ちついていた。武明に目をやると、彼は納得するまで話してこいと言った様にスマートフォンをいじったままだった。


「学校に居たのは高校一年の間だけ。うちは中高一貫だから編入生で美しい彼女は目立っていたの」

「道井さんは目立つだろうね」

「興味を持つ子は沢山いて、私もその一人だった。でも、無愛想な彼女はそれが嫌だったのかも知れない」

「無愛想? 道井さんが?」

「成峻くんの学校では違うの?」


 微笑んでいるイメージしかない僕には少し意外だった。だけど、彼女が編入したのは記憶が無くなってすぐ、微笑む事も当時は出来なかったのだと思った。


「いつもニコニコしている印象だったから少し意外だなって」

「そう……」

「まぁ、事情は聞いているんで何となく納得はしますけど」


 すると綾香さんは驚いた顔をしてから、ゆっくりとため息をついた。


「なら、話は早いと思うの。変だと思わない?」

「感情が上手く分からない事がですか? でも、自分も言われたらあんまりよく分かって無かったりしたんで……」


 一人で居る事が多かった僕も武明や旭みたいに感情を出すのは得意じゃ無い。だから、それが理由で距離を取られていたのなら、仕方ないのかも知れないと思った。だが、綾香さんは


「それくらいなら私も取り乱したりはしない……あの子、過去が無いのよ」

「それは、忘れちゃったからで、」

「違う、普通原因がある筈じゃない? 病気だったり、事故だったり」

「えっ? 違うんですか?」

「やっぱりそこまでは知らないのね」


 そう口にすると、口を噤む様に口角がぎゅっとなっている。踏み込んではいけない様な、だけど道井杏の事を知る為には聞かなくてはならない。


「一体なにがあったんですか?」


 綾香さんは、武明の方をチラ見すると再び僕の方に視線を戻した。


 彼女たちは、入学の時には事故だと聞かされていたのだと言う。最初は彼女らもそれを受け入れ気を遣って過ごしていたとの事だった。


「それなら、僕らと変わらないですよね?」

「そうね。でも、君たちと同じで理由を知ろうとしたの……」


 意味深な言葉に唾を飲む。彼女は真剣にそのままゆっくりと口を開いた。


「道井杏には、過去が無かったの。記憶が無いんじゃない、通っていたはずの中学校や小学校にデータはあっても彼女を知る人は居なかったわ」

「何者かに改竄されているって事?」

「そう……としか考えられないわね」


 綾香さんの言葉がリフレインする様に鳴り響く。正直僕は彼女の言っている意味をわかりたく無かった。


 彼女曰く、金持ちのお嬢様学校というだけの事はあって、調査のプロにも依頼を出したらしい。だけども答えは『これ以上調べられない。調べるリスクが高すぎる』というものだったと言う。


 それから、その事が学校で広まると自然に彼女と距離を置き、孤立していったのだと言う。


 僕は初めてLINEの交換をした。綾香さんが美人だからとかそう言う理由じゃなく、まだ彼女はなにかを隠しているのだと思ったからだ。


 彼女と別れた後、スマートフォンを弄りつづけている武明の元に向かう。空は薄暗く日が沈みかけているのがわかった。


「スッキリしたか?」

「……うん。ありがと」

「なら来た意味はあったな」


 武明はそれ以上何も言わず、来た道を戻る。気のせいか彼の背中が少し寂しそうに見え僕は思わず声をかけた。


「何のゲームしてたの?」

「ああ、『ロストワールド』。まぁ普通のソシャゲだけどな」

「僕、そのキャラデザ描いてる人のフィギュア持ってる」

「流石、可愛いよなこの人の絵」


 そう言うと、武明の顔が少しだけ明るくなった様な気がした。それからもアニメやゲームの話しをして、綾香さんの事には触れず普段の様に接した。


 地元の駅に付き、改札をでるとふと武明は立ち止まった。空は暗く雲の掛かった月がぼんやりと光っている。そんな空を見上げながら武明は言った。


「綾香と何話したかしらねーけど、俺はお前らの味方だから。だから、成峻、お前だけは杏ちゃんの味方でいてやってくれ」


 僕は、道井杏だけじゃなく武明の過去も知らない。だけど彼が友達思いだと言うのはパフォーマンスじゃなく本当なのだと分かった。


「うん、そのつもりだよ──」


 たとえ彼女が何者であっても、僕は武明以上に味方でいようと決意した。

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