大気圏突入 4
マナベス・サンダースとの会見から九時間。
軌道上に宇宙海賊が再び現れることはなかった。
基地から何度か通信が入ったが、「若干のトラブルのため、修繕中」と返答して時間を稼いでいる。
海賊と交戦したのは事実だし、基地の方からもある程度の状況はつかんでいるだろう。五隻と交戦したのだ。修理が必要な状態になっていても不思議はない。
通信に出るのは、いつもフジモト副長で、顔は見るたびに青ざめているようだ。
ちらちらと、周囲を気にしている様子もあり、間違いなく彼は脅されている。
「社長、雲が出てきました。雨雲がどんどん発達しています」
地上の様子をみていたダラスが唸る。
「突入時に邪魔になるってほどではないですが」
「わざわざ日が暮れてからの突入だろ。今さら条件が少し悪化したくらい、どうってことないさ」
デュークは肩をすくめてにやりと笑う。
「デューク、過信は禁物よ。サンダースさん、大気圏に突入しますので、準備してください。ダラス、大気圏突入準備」
「了解。
「デューク、周回軌道から離脱」
「了解」
デュークは補助ブースターを使って、丁寧に角度を変え、猫丸号を、ゆっくりと大気圏へと向かう軌道に修正する。
「進路修正。進入角度よし。突入します」
デュークは操縦かんを握る。
大気圏に突入するときは、突入用のスラスターを噴射させ、頭をもたげるような形をとっていく。大気圧を使って減速して、突入時の摩擦を減らすためだ。
「高度八十、七十五、七十」
スラスターの制御によって、大気濃度が濃くなるまで減速を続ける。
「制御可能高度に達しました。飛行姿勢を修正します」
デュークは猫丸号の上向きだった姿勢を修正していく。
既に地上は夜になっていて、レーダーと地図だけが頼りだ。
「見えてきた。着陸態勢に入る」
モニターに広がるわずかな視野に、森の中に大きな穴が見えてきた。昼間なら青い美しい湖が見えただろうが、今はわずかな光をぼんやり反射するのみだ。
「フロート準備」
高度の数値を確認しながら、黒い水面に近づいていく。
「五、四、三、二、一、着水」
水しぶきをあげて湖面を猫丸号は走り減速をする。
かなり長いランディングをし、猫丸号はようやく停止をした。
「着陸しました」
デュークは操縦かんに手を置いたまま、大きく息を吸う。
「お見事。さすがね、デューク」
「出来るだけ岸によせましたが、降りるの大変ですよ?」
デュークは肩をすくめてみせる。
「なんとかなるわよ。デュークはすぐに準備をして。でかけるわよ。ダラス、オフロードバイクの準備をお願い」
「人使い、荒いですよ。社長」
「了解、社長」
ため息をつくデュークをよそに、ダラスは指をたてた。
オフロードバイクは、未開発惑星を探索するのに便利だ。置いてきたGPS衛星にから位置情報を得られるので、方角を見失うことはない。
しかもジープと違って、細いところを縫って走れる。
難点といえば、雨が降っても屋根がないことだ。
真空でも大丈夫なスペースジャケットは、雨に濡れたところでどうということはないが、むき出しになっている顔はどうしても濡れる。一応、ポンチョ型の雨具も併用しているが、あまり意味が無い。
デュークは前を走るリンダの背をみながら、木の根が張っている道なき道を進んだ。
ここらあたりは草食獣が多いのか、低い枝が少ない。また下生えも少なくて、走りやすいわけではないが、走行困難というわけでもない。ただ、雨が降ってきたせいで、むき出しの根や、落ち葉がたまに滑る。
最初は小降りだった雨は、しだいに激しくなってきた。心なしか風も強くなってきている。
「なんてこった」
デュークは目に入る雨水を払いのけた。
距離はおよそ八十キロ。舗装された道路なら一時間ほどだが、せいぜい早い場所で時速三十キロを越える程度だ。基地に着くのは真夜中だろう。
もちろん、雨が幸いする面もある。
『想定外の事故で、あやまって滑走路でないところに不時着』した、猫丸号は、雨のため、天候回復をその場で待っていても不思議はない。
基地から連絡があったら、そのように答えるように打ち合わせ済みだ。
それを信じるかどうかは別だが、特に救援要請はしていないので、基地から捜索隊がでるにしろ、夜中にわざわざ探すことはないだろう。
少なくとも猫丸号は基地に荷物を届けるためにここまで来たのだから、逃げたり、隠れたりするはずはないのだ。待っていれば、基地に向かうはずである。
基地を制圧している何者かがいたとしても、彼らはただ待てばいいのだ。暗闇の中、道なき道を探す必要はない。
少しだけ開けた場所に出たところで、リンダが停まる。
「どうしました?」
「沼だわ」
ライトに照らされたぬかるんだ地面にはわずかに水が浮いている。かなり範囲が広い。航空写真では地面に見えていた場所だ。
リンダは足元の石を拾って投げ入れて見せた。
地面に見えていた場所なのに、石はゆっくりと沈んでいく。
おそらく、向こうの木のあたりまで、沼地が広がっているようだ。迂回するとしたらかなり遠回りになりそうである。
「どうします?」
「跳ぶしかないわよね」
リンダはにこりと笑う。
「ブースターを使えば、飛び越せるかもしれませんが、その後、うまく減速できないと木に激突しますよ?」
オフロードバイクには、ブースターがついていて、かなりの加速がつく。うまくジャンプすれば、かなりの距離を跳ぶことができるだろう。
「あら、自信無いの?」
リンダはデュークを挑発する。
こういう態度に出られると、デュークは反論できない。
「そんなことは言っておりません」
「じゃあ、問題ないわね。目測計算だと三百メートルってとこかしら」
「この悪路で、加速するのは至難の業ですよ?」
こうなったら止められないことをわかっていても、一応、デュークは念を押す。
「私はここをいくわ。デュークは遠回りしてもかまわなくてよ」
リンダはそう言うと、少しだけ後退するとフルスロットルで走り出し、大きく飛翔する。
「ああ、もうわかりましたよ!」
デュークは、リンダに続くためエンジンをふかせた。
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