キジトラ

 リンダは、小型宇宙船『キジトラ』に乗り込む。キジトラは、星系内宇宙船であり、空間転移航行はできないが、その分小回りが利く。

 このキジトラは、連邦宇宙軍の払い下げのG三〇二型だ。最新式でこそないが、軍の戦闘機だったこともあって、かなり戦闘力が高い。しかも、軍人時代からのリンダの愛用機でもある。これに乗ったリンダに勝てる者は軍にもそんなにいなかった。

 戦闘用の宇宙船であるけれど、外壁にはキジトラの猫が描かれている。

「社長」

 モニターにブリッジのダラスが映った。

「停船命令を打ってきました。いかがいたしましょうか?」

「『おとといきやがれ』と返信して、レーザー砲をくれてやって」

「了解」

 ダラスは笑ったようだった。

 戦闘は避けられない。ならば先手必勝である。相手がまだ撃ってこないのは単純にまだ射程外だからだ。ラマタキオンが狙いなら、高い精度で、猫丸号の足を止めなければならない。射程圏外では、そんな精度の攻撃はできない。

 海賊船の装備はおそらく猫丸号と互角。つまり、開戦のタイミングは攻撃に精度のいらないこちらの方がやや優位だ。

 リンダは、キジトラのエンジンを起動した。計器に明かりが灯る。

「ハッチを開けて。出撃するわ」

「了解」

 目の前の閉鎖されていたハッチが開くと深淵が目の前に広がった。

「さあて、お掃除の時間ね」

 リンダは猫丸号を飛び出した。

 進路を第三惑星の日の出の方角に向ける。目の前の惑星は夜のため、黒い影でしかないが、夜明けの近い端は、眩しい光の筋がのぞいていて、そこだけが青い色を放っていた。

「思ったより密集しているのね」

 衛星軌道にいた三隻は、かなり近い位置にいる。

 射程圏内に入るとミサイルを撃ってきた。

「問答無用ってことね」

 リンダは迎撃ミサイルを発射し、回避行動をとる。

 三隻のうち二隻が動き出した。どうやら、キジトラを挟み込むつもりらしい。

「重力圏内にいるそっちより、こっちは身軽なの」

 衛星軌道から離脱するにはそれなりのパワーがいるため、小回りという面ではどうしても劣る。

 リンダは旋回して、レーザー砲を発射した。真っすぐに照射したレーザーは、動き出した海賊船の船体にダメージを与える。

 キジトラはその性能を生かして、ヒットアンドアウエイを繰り返していく。

 海賊船は、連携してキジトラを囲もうとするが、中型船舶のため、機動性の面でキジトラの敵ではない。

 むしろ連携をとろうとしたせいで、お互いが邪魔で不用意にキジトラを攻撃しにくくなっている。

 不意に後方で閃光がおこった。どうやら、猫丸号が、二隻の海賊船を沈めたようだ。

「負けていられないわね」

 リンダは旋回しながら、船舶の砲をつぶしていく。

 火力さえ封じてしまえば、海賊船など怖くない。

 大事なのは武装を削ぎ落すことだ。戦争ならば、それでも特攻を仕掛けられる可能性があるけれど、海賊は不利になれば逃げる。

 今のリンダは軍人ではないから、戦意を失った海賊を追いかける必要はない。

 キジトラからのミサイルで被弾した船が光を放つ。

「まず一つ」

 リンダはぺろりと舌で唇をなめる。

 残るは二隻だ。弾薬はまだ十分にある。

「くっ」

 不意に船体が傾ぐ。

 キジトラの船体の一部に海賊の放ったレーザー砲がかすめたようだ。

「とりあえず、たいしたダメージではないけど」  

 いくら炎の堕天使と呼ばれるリンダと言えども、海賊船三隻が相手だ。簡単な相手ではない。

 今の攻撃では装甲に少し煤がついたくらいだろう。ダメージのうちに入らないが、それでもリンダのプライドに火がついた。

「私の大事なキジトラに傷をつけた借りは返してもらうわよ」

 キジトラの速度を上げ、海賊船に向かって飛ぶ。精度の高い攻撃で、砲門を爆撃する。

 ぎりぎりまで接近して攻撃しているのは、後方から別の船の砲弾を避けるためだ。

「援護します」

 デュークから通信が入ったかと思うと、白線のような光がのびて、キジトラの後方にあった海賊船が爆発を起こした。

 どうやら、今の爆発を引き起こしたは、猫丸号のレーザー砲だったらしい。

「気の弱いお坊ちゃんだったのに」

 リンダは苦笑する。

 デュークと出会ったのは、軍の任務でむかった、あるステーションの事件だ。

 随分と自信のなさそうな青年で、会社にいいように使われていた。

 しかし腕はぴか一で、度胸もあった。彼の協力で事件は解決した。

 事件のあと、リンダは強引にデュークを病院に放り込んだ。会社に酷使されていた彼はみるからに健康を害しており、放っておけなかったからだ。

「変われば変わるもんね」

 リンダは、レーザー砲を放つ。

 閃光がおこると、戦意を失った海賊船が撤退を始めた。

「追いますか?」

 デュークからの通信に、リンダは首を振った。

「放っておきましょう。すぐに修理できないと思うし。至急エリンに連絡して、プラナル・コーポレーションに報告するように言って。連邦宇宙軍に通報もプラナル・コーポレーションからしてもらうように。それから、キジトラ、帰投するわ」

 去っていく海賊船をリンダは見つめる。

──でも、これで終わり……ってことはなさそうね。

 そして、こういう時のリンダの予感はよく当たる。

「追加報酬、貰えるといいけれど」

 リンダは大きくため息をついた。

 

 

 

 


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