少年少女よ、宝を探せ!

高校生の二人組、お人好しの月ノ下くんと知識豊富な星原さんが学内の生徒から依頼を受け、その謎を解きながら彼ら自身が成長していく『放課後対話篇』シリーズ。そんな作品群の中で、本作はまさに"特別”な位置付けのできる作品です。

陶芸部の部室から出てきた不思議なオブジェ。それは数年前に学内で盗難被害にあった『曜変天目茶碗』の在処を示した宝の地図なのではないかとの話だった。月ノ下くんの友人・明彦から熱心に説得され、彼らはその謎の解明に取り掛かるーーというのが本作の導入なのですが、もちろん一筋縄には行きません。
サブタイトルにもある通り、宝探しともう一つ、"不変性の是非"を問うテーマが存在します。”役に立つがゆえに消耗し、または時代に適応するがゆえに原型が消えてなくなるもの"と、"役に立たず時代に取り残され放置された、形として残る過去の時代を象徴するもの”のどちらに価値があるのか?
そのテーマは興味深く、着眼点のセンスの良さを褒めるしかないのですが、答えを出すことが難しいテーマでもあります。そんな難題を相手取り、豊富な知識を手繰り寄せ様々なものを対比させることで本質的なイシューを見事に抉り出す手腕が炸裂しています。
また、少しずつ距離の縮まってきた月ノ下くんと星原さんの関係にも注目です。
ミステリー的にも人文学的にも恋愛的にも楽しめる、大満足の作品です。是非みなさんとこの面白さを共有できたらなと思います。



以下、ネタバレを含む感想となります。未読の方はバックをお願いします。

本作には印象深いキャラクターが二人登場しました。
ひとりが自らが隠した曜変天目茶碗に固執し、同じ場所に留まり続けた学校の用務員・長沼。
もうひとりが、楽しい学園生活を終え、送り出された社会に適応できずに挫折し、かつての輝きの舞台である高校に縋るように戻ってきた片倉先生です。

自らの隠した茶器を、他の誰かに発見されてしまうことを警戒し続けた長沼の十年間に価値はあったのか? きっと長沼は自身の過去を振り返った時に、その時間は無価値だったと感じることでしょう。その無価値さは、長沼が茶器の真の価値を理解していなかったことにもありますが、長沼自身が変化しなかったことにも一部起因しているような気もします。
では片倉先生は、彼女自身が評するように環境変化に適応できない・変わることのできない無価値な存在なのでしょうか? きっと片倉先生は、社会で辛い経験をされたのでしょう。誰かから間接的に無価値だと言われたのかもしれません。しかし彼女は四谷先生から『変わらない優しさを持ったまま、生徒を守れる強さを持った人間に変わってこうして教師としてこの学校に戻ってきた』と指摘されます。彼女は自分でも気付かぬうちに成長し、彼女がかつて憧れていた大事な存在から価値ある存在として認められるに至ったことが何よりの救いとして私の目に映りました。きっと彼女はこの言葉のおかげで、挫折に満ちた社会人としてのスタートの数年間を少しは価値のあるものだと肯定的に受け止められるようになれるだろうと思いたいです。

そのような二人の人生を垣間見る、一種のキャリアスタディを通し、月ノ下くんが星原との対話の中で到達した『変わり続けて残らないものと変わらずに存在し続けるもの。どちらに価値があるのかは僕にはよく解らない。いやもしかしたら「変わらないで欲しいことを守るために、自分が変わらなくてはいけないこともある」のかもしれない』というひとつの答えには重みがあります。
"それに価値があるかどうか"、はなかなか判別がつき難いですが、"大切な人にとって価値のある存在かどうか"は比較的分かり易いです。
「自分にとって大切な存在、あるいは自分の価値を認めてもらいたい存在を探すこと」と「その相手との関係の中で自分がどのように変化すれば良いのか、相手にはどのような変化/不変を望むのか」は青春時代もその先も、私たちに与えられ続ける終わりのない課題なのかもしれません。
容赦なく進んでいく時間軸を設けられた『放課後対話篇』の世界で、月ノ下くんと星原さんはこれまでもまさに対話をすることによって自分の視野を広げ、成長してきました。二人(また二人の関係)が今後、どう変化していきどう変わらない部分を守り続けていくのか、今後とも変わらずに楽しみにしています。

その他のおすすめレビュー

雪村穂高さんの他のおすすめレビュー123