ストーン・マイム・マイム

長月 冬

第1話 マイム・マイム

 この世には、何百、何千という数の踊りがある。「マイム・マイム」もその中の一つである。

 舞台はロシア。この、とてつもなく寒いところに、新たなる伝説が始まろうとしていた――

 「マイム・マイム」の原初は、イスラエル。なぜ、イスラエルが原初で、舞台がロシアなのだろうか。その謎の解説は、物語の中にある。


 ロシアの首都、モスクワより北へ600km。そこにペルミという町がある。そこが、今回の舞台である。夏しか暖かい日はない。

 町の3番地のいちばん端に一軒の家が建っている。家の壁の色は灰色で、人が住んでいる気配はない。と、その時、一人の少女が家のドアから出てきた。

 少女の名は、エクレア。主人公である。灰色の髪に、灰色の服。わきに、一冊の本を抱えている。

「えーっと……フウイレムさんの家は……どこだろう……」

 フウイレムさんは、この辺りの物知りの老人のことで、エクレアは、その人のことをさがしている。しかし、フウイレムさんの手がかりは、全くない。役所に行って聞いても、そんな人はいないと、あっさり断られてしまった。

「何でだろう…住所帳にはのっているのに……」

 フウイレム=ラビンス。この言葉が、エクレアの頭の中を、何度も何度もかけめぐった。そして今日も、エクレアはフウイレムさんの手がかりを探しに、町中を走っていった――


 10月――。エクレアがフウイレムさんの手がかりを探して回ってから、3ヶ月の月日がたった。家の壁はさわやかなエメラルド色に塗り変えてあり、部屋にはランプが明るくともっている。

 カタン…

 ポストに一通の手紙が入れられた。だが、配達人はいない。

「手紙かな?ママ、ちょっと行って取ってくる」

 ポストに手紙が入れられたことに気付いたエクレアが、椅子から立ち上がりながら言った。

「そうね」


 バタン

 エクレアが外に出て、ポストに近づいた。一歩…二歩…三歩…そして――

 カタ…カタン……

「……これは……っ」

 エクレアは、手に持っていた手紙を落としてしまった。顔が、みるみる青ざめていく。いったい、何があったというのだろう。

「おそいわねぇ…」

 一方、部屋では母がタバコを吸いながら、ため息をついていた。何も知らないらしい。

 ドンッドンッ

 その時、家のドアが激しくたたかれた。

「どちら?かんべんしてほしいわ。こんな、夜おそくに…」

 またもや母はため息をつき、ドアを開けようとした。すると――

「ママ……っ、これ……っ」

 エクレアが差し出したのは、血で文字が書かれているふうとうだった。ドアは開けっぱなしで、外は10月だというのに、雪がふっている。

「とりあえず、ドアを閉めてちょうだい」

 母は言ったが、かすかに手がふるえていた。

 バタン

 ドアが閉まった。


「まさか」

 ふうとうをながめながら、母は叫んだ。

「その…まさかだよ…」

 そのふうとうの差出人は、おかしなことに書かれていない。


〈エクレア=アイボリー様〉


「エクレア…ママはオフロに入ってくるけど、手紙の中身はぜったい見ちゃダメよ!!」

 そう言うと、母はスタスタと行ってしまった。後にも前にも、部屋に残っているのは、エクレアと、謎の手紙だけだった。怖さ半分と、むなしさ半分の気持ちが混ざっていて、エクレアは無意識のうちに、家中の電気を全てつけていた。

 そして――

「ちょっとだけなら…いいかな…?」

 まあ子供はみなそうだろう。

 カサ…

 開けてしまった。


〈拝啓

 後日ペルミ町 5番地にて

 ガラスの館に 来客を申し入れる

 正午 時間厳守〉


「後日って…明日?ん…でもとりあえず…行ってみようかな」

 そこに行けば、フウイレムさんの手がかりも見つかるかもしれない。その時はまだ、血文字の手紙の意味は、理解できずにいた。


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