第36話 シロルの不始末

 相澤への取材があった日の放課後。

 俺はいつも以上に、部活へと熱心に取り組む姿勢を見せていた。


「一樹、もっとやる気だせよ! 久しぶりにボールに触れるんだぞ!!」


 っと言っても、やってることはただの二十〜三十メートル間のキャッチボールだ。

 でも俺は、一挙手一投足を大事に大事に、捕球と投球を楽しんでいた。


「ノア、お前はなんでそんな元気なんだよ?」

「なんでってそりゃ、姫乃先輩が居ないからに決まってるだろ」


 俺は渾身の投球を一樹に向け投げる。

 が、キャッチボールの相手である一樹は、俺の投げたボールをグローブで受けはするものの、取りそこねて地面へと落とした。


「ったく、だからやる気が出ないんだろうが」


 渋々っといった雰囲気で、一樹はボールを拾う。

 そして力の無いへろへろの球を、こちらに向かって投げ返す。

 その球は俺の目の前を転がり、届かずして止まった。


 まったく、張り合いがない……。


「おい二年のキャプテン、ちょっとこい!」


 グランドのメイン、三年が練習をしている方から声が聞こえた。


「ノア、なんか呼ばれてるからちょっと行ってくるわ」


 キャッチボールを中断し、一樹は三年の居る場所に向かい走り出す。


 今さらながら、アイツが二年のキャプテンとか、この部大丈夫なのだろうか?

 一樹は下手では無いが、特別上手いって訳でもない。

 ただキャプテンを決める際、姫乃先輩に良いところを見せようと力強く立候補した結果、この様な形に収まってしまったのだ。


 そんな一樹は三年と何かを話した後、またこちらに向かい走って来る──。


「たまには早く帰れってさ」

「嘘だろ、あの人が居ないだけでこんなにも怠けるのな、うちの部……」


 本日の部活、終了のお知らせだった。

 うちの部の顧問は放任主義なので、あの人が居ないとこんな事もまかり通ってしまうのだ。

 自分だけ勝手をするわけにも行かず、片付けを始める。


「それにしてもいいのか? 勝手に帰らせたりして。俺らは黙ってたとしても、マネージャー達はあの人に報告するだろ」

「良いんだよ。それを分かってて帰らせるんだから」


 何言ってるんだ、コイツ。

 マネージャー達が報告するってことは、即ち部活のボス、姫乃先輩にこの事が知られるって事なんだぞ?


「我らが三年のキャプテン様はな、単身女神様に怒られる権利が欲しくて、俺らを帰らせるんだよ。ちぇ、俺も二年のキャプテンとして動向を志願したけど断られたんだぜ。酷い話だろ?」

「……あぁ、内容が酷すぎる」


 本当、呆れて言葉もでない。


 片付けを終えた俺は、呆れ返ったまま部室へと直行した。


「お、おい、ノア!?」


 一樹の呼ぶ声は聞こえたが、俺は部室に入る。

 その後すぐ、着替えを始めた。


 時間も早い、今日は人の姿で真っ直ぐ帰るか。

 この時間なら、相澤が着いてきたとしても、暗くなる前に帰れるだろうしな……。


「なぁノア、この後カラオケにでも行こうぜ」

「いや、遠慮するよ。部活が終わり次第、バイトに行くことになってるんだ」


 着替えを終え、俺は鞄を掴む。

 部室を出ようとすると、一樹が行方を遮った。


「なぁノア。いい加減、なんのバイトしてるか教えてくれよ」


 俺は、少しだけ冗談めかして返事をする。


「……世界を守るバイトだよ」っと。

 

 すると一樹は、飽きれた顔をして下を見た。

 そして頭を掻きむしり「言いたく無いのはよーく分かったよ」っと、少し強い口調で答えたのだ。


 そう、これが魔法を知らない普通の反応……。


「悪いな、バイト先からの要望なんだ。割がいいから、約束は守りたい」

「なんのバイトか秘密にしろって言われてるのか? ノアお前、ヤベー事に足突っ込んでないよな」


 怒ったと思ったら、今度は心配かよ……。

 でも、それが無性に嬉しかった。

 

「あー……。同僚に、お前よりヤバいやつがいる」

「おい、どういう意味だよ」


 冗談で会話を濁し、俺は立ち上がる。

 そして一樹の肩を一度ポンッ、っと叩きすれ違った。


「遊び行けなくて悪い、また埋め合わせするから」

「あぁ、また明日な。気をつけて」


 一樹を残し、俺は部室を後にした。

 部室のドアを閉めた後、ナマズ型のゾーオ戦で飛んできたコンクリート片で、軽い怪我をした左肩を押さえる。


「気をつけて……か」


 確かに、次はこの程度では済まないかもしれない。

 でもそれ以前に、相澤の魔法があの調子だとゾーオともまともに戦えないんだよな。

 俺が恋に悩んでなければ、少しは違ったのだろうか?


「帰ろ、ここで考えていても仕方がない」


 無い物ねだりをしても、誰一人助けることは出来ない。

 自分の情けなさを噛み締めながらも、学校を出て駅へと向かった。

 


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