第24話 登校

「じゃぁ、行ってきます」


 月曜日の早朝。時刻は六時三十分。

 俺は相澤対策をかね、いつもより三十分早く家を出た。

 久しぶりの、人の姿での登校。

 ただそれだけの事なのに、とても新鮮な気分だ。

 「さて、行くか!」っと、玄関先で伸びをしていると──。


「──ノアにぃ待って、私も行くから」


 小夜が、肩から竹刀の袋を下げて慌てて玄関から飛び出してきた。

「ふぁぁ……」っと欠伸あくびを噛み殺し俺に笑顔を向ける。


 朝が得意じゃないのに、無理して俺に合わせる事無いのに……。

 でもまぁ、一人で登校も味気無いしな。


「じゃぁ、一緒に行くか」

「うん!」


 俺達は、二人並ぶように学校に向かい歩き出す。


 外は早朝にも関わらず、肌寒くも無く既に明るい。

 いつしか春を置き去りに、徐々に夏への移ろい見せているようだ。


「久しぶりに一緒に登校だね、ノアにぃ」

「あぁ、そうだな。小夜は父さんの所に行ってたから、学校も久しぶりだろ?」

「うん、ゴールデンウィーク前が最後の登校だったから。でもつまんないな、明日からは一人で学校に行かないといけないなんて」

「ごめんな。住み込みのバイト、どうしても外せなくて……」


 住み込みのバイトの事は、家族にはぼかして伝えてある。

 しかし思ったより、簡単に受け入れてくれた。

 どうやらシロルが、事前に根回ししてくれたみたいなんだけどな……。

 本当にどうなっているのやら。


 ってことで、明日からしばらくの間また相澤の家から猫の姿で学校に通うことになる。

 だから今、この当たり前の時間を堪能しないとな。


「──おはよう、ノア」


 後ろから突然、肩を叩かれ声をかけられる。

 この近所のおばさんのような親しみやすい声の主は、


「あぁ、おはよう茜」


 やっぱり茜だ。

 リボンが特徴のブレザーの制服に見を包み、格好に不釣り合いなデジカメを首から下げている。


 それにしても、彼女と通学時間が被るとは珍しい。


「いつもこんなに早いのか?」

「いやいや、今日はバスを使わないと行けないからねぇ。普段乗ってる電車の運転見合わせが無ければもっと遅いわよ」

「運転見合わせ?」

「なんか電気関係のトラブルだとか。あんた知らないのに、なんでこんなに早いのよ?」


 なるほど、ニュースなんて天気予報ぐらいしか見ないから、全然知らなかった。

 茜になら素直に話してもいいが、すぐ近くには小夜もいる。

 ここは、誤魔化して……。


「まぁほら、毎回同じ時間じゃなくてもいいかなーって……」

「あぁ、なるほど。避けてる訳ね」


 おい、察しが良すぎるだろ!

 気遣ってくれたのか、具体的に誰が、誰を避けてると言わない茜。

 それにしても、流石新聞部と言った所か……。


「小夜ちゃんもおはよう、久しぶりだねぇ?」


 茜は、いつの間にか俺の後ろで隠れている小夜にも挨拶をする。

 しかし小夜は返事をせず、何故か「うぅぅー!!」っと威嚇で返した。

 

「あはは、やっぱ嫌われちゃってるか」

「こら、小夜。ちゃんと挨拶しろよ」


 俺が叱ると、渋々と「…………おはようございます」っと挨拶をした。

 何故か小夜は、昔から茜だけには懐かないんだよな……。

 でもまぁ。


「はい、良くできました」


 出来たら褒める、これ常識!


 俺は茜の目を憚らず、小夜の頭をポンポンと撫でた。

 小夜も面識があるせいか、何故か茜の前ではこんな事をしても恥ずかしがったりしないんだよな。


「あんたはアイツと違って常識人だと思ってたのに。相変わらず距離感狂ってるわね」


 茜は何が不満なのか、俺達の仲睦まじい兄妹愛を見て、腰に手を当て呆れた顔をしている。


 距離感が狂ってる? 聞き捨てならないな。

 

「兄が妹を甘やかすのは、普通なんじゃないか?」

「妹が兄に甘やかされるのは、普通だと思いますが?」


 流石兄妹、息がぴったりだ。

 茜も俺達の正論に、言い返す術を持たないのか、返事がため息で帰ってきた。

 そして俺達に向けてカメラを構え、パシャリとシャッターを切る。


「ほらノア、客観的に見てみなさい」

「これはまぁ……。よく撮れてちゃってるな」


 茜の口にした、距離感が狂ってるの意味を、彼女が手にするデジタルカメラの画面越しに見て理解した。

 こりゃ知らない人から見たら、良くて恋仲、悪くて犯罪者だな。


「小夜、さっきはあんな風に言ったけど、やっぱり外では…………。小夜?」


 振り返り、すぐ裏に居た小夜に声をかける。

 しかし先程まで、居たはずの彼女の姿はそこにはなかった。


「──茜先…、恥………で…願い……す。これ売……くれ……んか?」

「ふふっ、一……五百……ッキリ…………ね」


 何処に行ったかと辺りを見渡すと、先程まであんなに警戒心剥き出しだった小夜が、自分から茜に話しかけてるではないか。


「いつの間に……」


 何がきっかけで距離感が縮まったのかはさっぱり分からない、だがまぁ。


「仲良きことは素晴らしいかな?」


 完全に蚊帳の外ではあるが、熱く話しながら歩く彼女達の跡を、俺は水を差さないよに静かについて行くのであった。

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