第22話 歩み寄り

「相澤大丈夫か!?」


 俺に抱きしめられる形で、転ぶのを助けられた相澤。

 流石にこの状況に、頭の整理が出来ていないのだろう。

 しばらくの間、彼女は動かない。


「………………は、はい!! あ、あ、あ、ありがとうございます」


 気まずそうに俺から離れ、アタフタと慌てた様子を見せる。

 そして、毛づくろいをするように手ぐしをし、指で髪の毛をクルクルと弄り始めた。

 まるで、冷静さを保とうとする猫みたいだ。


「あぁ、怪我がないなら良かった」


 実のところ、俺も彼女程じゃないにしろ、大概動揺していた。

 助けたタイミングが不自然だったとか、自分が無意識に動いてしまったこととか。

 何より、抱きしめた時に一瞬“いい匂いだ”っと思ってしまったことに。


「あ、あの……。ごめんにゃさい……」


 言葉を噛みはしているものの、少し経ち相澤も少し冷静になれたのだろう。

 彼女もやましい事をしていたのもあってか、今の状況どうしたらいいのか分からないといった様子だ。

 

 これは、それとなく釘を刺すチャンスなのでは?


「なぁ相澤、どうして俺の跡を……」


 相澤の体がビクッと跳ねた。

 小刻みに体が震えている。

 鼻先まである髪で顔の様子は見にくいが、心なしか青ざめているようにも見えなくはない。


「あー……おほん! 相澤、そんな長い前髪でちゃんと前が見えてるのか?」

「…………えっ?」


 本来なら、ここはストーキングについて注意を促すのが正解だと思う。

 だが俺は、怯えている彼女を見て話題を変えた。

 そのことに、相澤は驚いているようだ。


「俺はな、相澤がよく転ぶのも、それが原因の一つじゃないか? って思ってるんだよ。どうなんだ」

「え、えっ? あの……その……」

 

 俺の跡を付け回す、彼女の行動を肯定しているわけじゃない。

 少なからず気味が悪いと思うが、最近では少し慣れてきたし、正直この選択は自分でも甘いと思う。

 でも、後輩を、年下の女の子を傷つけたり、泣かせのは、俺のポリシーに反した……。

 

「余計なお節介だと思うけど、なんとかしてくれ。あの、その……見てて心配になる」

「ご、ごめんなさい……」


 相澤の声は震えていた。

 俺に怒られるのは、どんな内容であれ堪えるようだ。

 拒絶ではなく、少し歩み寄ることにしたつもりだが、これはなかなか難しい。


「す、すまない。相澤の自由だし、強く言い過ぎたかな? そうだ!」


 俺はショルダーバッグから、先程購入したヘアピンを取り出した。

 そしておもむろに右手で彼女の前髪を寄せ、左手にもったヘアピンを彼女の髪へと付ける。


「日輪……先輩?」

「あっ、つい妹にしてるみたいに」


 慌てて彼女から離れた。


「ごめん。って、お互い謝ってばかりだな?」


 相澤は状況を飲み込めず、キョトンとしているものの。

 心持ち濡れたような瞳は、反らすことなく、ジッと俺を見つめていた。


 今までは髪で気付かなかったが、相沢澪 こいつ日輪希空おれを、ずっとこんな感じで見続けていたのか──。

 

「見すぎだ見すぎ。まぁ、似合ってるんじゃないか、それ。顔が見えてた方が、俺は好きだなーなんて……」


 俺は、先程彼女に付けたヘアピンを指差しながらそう言うと、相澤は左手でヘアピンに触れる。


 視線が隠れていないのを思い出したのか、それとも褒め言葉が嬉しかったのかは分からない。

 ただ相澤は、熟れた林檎のように耳まで赤くし、表情を隠すように手で顔を覆った。


「おっと、この後用事があるんだった。行かないと!!」

 

 助けるものも助けたし、この状況で追ってはこないだろう。


 俺は照れくささもあり、踵を返すようにその場を後にする。


「ひ、日輪先輩、これ!!」

「お前にやるよ、もう転ぶなよ~」


 それだけ伝え、彼女から逃げるように走った。

 そして人通りの多い道へと出て、人混みに紛れる。


「小夜へのプレゼントあげちゃったな……。母さんと一緒に外食に連れてくのがプレゼントでいいか?」


 慣れない事をして、どっと疲れたしな。

 まったく、変な汗をかいちまったよ……。


 そんな事を考えながら、何とも言い表せない感情に、俺はひとまず蓋をするのであった。

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