第17話 ゾーオ討伐

「まさか、ゾーオをこんな間近で拝む日が来るなんてな……」


 結界の魔法により、憑代を失って姿を現したゾーオは先程と違い、はっきりと姿を見せていた。

 俺達と同じぐらいの背丈をした、ナマケモノのような見た目のゾーオだ。


 そして俺達に見つかった事に気付くと、後退りしながら距離を取るように、アパートの窓枠のそばにへと、


「アイツ逃げる気にゃ! また姿を消そうとしてるにゃ!!」


 そして外へと飛び出し、こちらには目もくれず一目散に逃げて行った。


「どうしよシロルちゃん、また見えなくなっちゃった!」

 

 見えなくなった?

 結界内でも姿を消せるのか、ゾーオにも色んな個性があるのな……でも。


「大丈夫だ相澤、俺には見えてる。冷静に対処するぞ!」

「本当? じゃぁノア君お願い、塵も残さないよ!!」

「おぉい、ちゃんと手加減をだな──」


 物騒な事を口にした彼女から、バイパスを通し力が俺へと流れ込む。

 右手の先に集中する魔力は、今までの比でない事に気づいた。

 しかし、もう遅く……。


「恋する乙女の敵は、絶対に許さないんだから! アムールエクレール!!」


 相澤は、魔法を唱え終えてしまった。

 俺の右手から放たれた閃光は、前方の扇状せんじょう、ありとあらゆる物を焼き払い、光が通過した先は灰燼かいじんに帰した。

 つまるところ、


「全壊してんじゃねぇか!!」


 ゾーオを含め、自然物も人口物も、目の前に存在していた物は跡形もなく消滅していた。

 現実には影響が出ないとは言え、罪悪感とストレスで吐きそうだ。


「あ、あれー……?」


 流石の惨状に、言葉をつまらせる相澤。

 大量破壊行為を見慣れているシロルでさえも、額に手を当て「あにゃーあちゃー」っと言うレベルだ。


「え、えーっと……」


 当の本人も、流石にやり過ぎた自覚は持っているらしい。

 人の目って、こんなにも泳ぐのな?


「えへー。そう、結界があるし! そうだ、魔法を解く前に屋上に避難しなきゃね、誰かに見られたらマズイもん」


 そして結局、俺達と視線を合わせぬままヒラヒラの衣装をなびかせ、そそくさと屋上へ飛んで行く相澤。


 正直最近。

 っというか最初から、俺はゾーオなんかよりこの魔法少女の存在のほうが恐ろしくてならない。

 しかしこれも、借金返済のための労働と割り切り、彼女の後を追うことした。


「アジール、解除」


 俺とシロルの到着を確認すると、相澤は結界を解いた。

 すると世界は色を取り戻し、同時に破壊された町並みも元通りの姿を見せる。

 何度見ても不思議な光景であり、心底ホッとする瞬間だ。

 結界ありがとう、本当にありがとう!


 その後、変身を解いた相澤は身を乗り出し下を見る。


「救急車が来たみたい。ねぇシロルちゃん、カナちゃんの好きな人……大丈夫だよね?」

「うにゃ。救急車隊が早期発見出来たから大丈夫だって言ってるにゃ」


 確かにそう聞こえたが、あれは救急隊のセリフだったのか。

 そう言えば聞いたことがある、猫の聴力は人の八倍とか言ったっけ?

 まぁ大量破壊はともあれ、結果的には良かった。

 何といったって、相澤の顔を曇らせずにすんだのだから──。


「えへー、今回は本当助けられちゃった。ノアちゃんが居てくれて良かったよ」


 相澤はそう言うと、夕日をバックにスカートをひるがえし、こちらを向いた。

 そこに、前回のような悲しげな表情は見られない。

 年相応な無垢な笑顔は、夕日の魔法も相まって、俺の胸に少しばかりの熱を帯びさせた。


「あぁ、役にもたってみてるさ。なんたって魔法少女の使い魔だからな」


 少し格好をつけた俺を、相澤はおもむろに抱き上げる。

 そして「ありがとね」っと、ジッと見つめてきた……。


「あ、あぁ。で、でも不思議だよな、なんで俺だけにゾーオが見えたんだ?」


 まっすぐ向けられた感謝に、何かこそばゆくなり俺は話題をそらすように、一つの疑問を投げかけた。


「あんな、兄さん。魔法ってのは願望や希望だったり、それこそ日常生活における心理も深く関わりがあるのにゃ」

「それってどういう事なんだよ」


 願望や希望?

 透視能力や、よく視える目が欲しい何て思い、一度も抱いたことが無い。

 っと言えば嘘にはなるが、そんなの誰しも一度ぐらい考えることあるだろ?

 人並み以上に、特別意識した事なんて無いんだけど……。

 

「思い当たる節はあるはずにゃ、例えば常日ごろ、周囲を警戒したり、誰かに付き纏われてないか気にしたりしてにゃいか?」

「……お、おぃ、それってつまり」


 前言撤回だ、心当たりしかない。

 

 シロルは小さな翼を広げ飛び立ち、俺の耳元に、


「澪のストーキングを知って、無意識に能力を開花させたって事だにゃ」


 っと答えを呟き、すれ違いざまに空へと浮かんだ。

 なんとも言えない、皮肉な笑みだけを残して……。


「わ、笑えない冗談だ」


 笑えない。本当に笑えない……。


 俺達のナイショ話に少し首を傾げたものの、相澤は気にした様子もなく「本当ありがとうね」っと、俺を抱きしめ頬ずりを始めた。


 危機感を感じた俺は、彼女の手を振りほどこうと暴れるものの、なすがままに撫でくりまわされる。

 そしてシロルは、そんな俺を置き去りに「まったく、不憫なオスだにゃ」っと一言残し、何処か遠くの空へと消えていった。

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